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最終話①

※本章はアシュリーsideのお話になります。時間が一気に飛びますので、お気をつけください。 10年前の冬、倒れていた少年を拾った。彼は俺と一緒に暮らすことを望んでくれた。 そして今彼は俺の家族であり恋人だ。 受付で招待状を渡し、人が何千人も入るような大きな会場の中に足を踏み入れる。本当はこんな人だらけのところは苦手だ。 昔悪魔と言われ怯えられながら子供に石を投げられたことや、多くの大人から冷たい視線を浴びせられたことは、今でも知らない人と関わることに恐怖を与えてくる。 コンタクトも、ウイッグも、ファンデーションも不自然ではない。ちゃんとわかっているはずなのに、もう何度鏡を確認しただろうか。また手に鏡を握ろうとした自分に、ため息をつく。 ステージ上で何回もどこの誰だかわからない人の挨拶が繰り返される。そしてそのたびほとんど同じような内容が長々と語られる。 周りは大体つまらなそうにしているのに、なんでこんなに堂々と語り続けるのだろう。 やっとその挨拶が終わり、司会者が今日の主役の名を呼んだ。 「テオドール・シャーロック。」 そう。今日はテオの授賞式。 カルロの店でデザインをするようになってすぐ、彼の作ったスーツは高く評価されて新聞などで一躍有名になった。 そしてテオは自分のせいでカルロに迷惑はかけられないと、自分の店を持つようになり、そして結局は業界最王手と言われる会社にデザイナーとして勤めるようになる。 カルロは一人一人に合わせたスーツという形に固執していたけれど、テオはそうでもない。 むしろ誰に着せても美しく映える型を考え、それが新しいスタンダードとなった。 そして俺は聞いたこともなかったけれど、メディアがこぞって取り上げるような大きな賞を、彼は最年少の若さで取ってしまったのだ。 そんなにすごい人が自分の恋人だということは到底信じられる話ではないが、彼には十分その才能があると、俺は思う。 着心地が良く、スッキリとしたシルエットで、どこに着ていっても様になるから、俺も気づいたら着る回数が多くなっていた。 彼が壇上に上がる。誰よりも堂々としていて、全く緊張を感じられなかった。そしてトロフィーと副賞を美しい女性からにこやかに受け取る。 そしてマイクを持ち口を開く。 「僕のそばには、常に近くで支えてくれた存在がありました。」 授賞式の挨拶とは、もっと形式的な言葉で始まるものでは…と思う反面、それが自分であることに誇りを感じる。 いつの間に、こんなに大きな人になったのだろう。傷だらけの、道を見失ってただ目の前の俺を頼るしかなかった彼が。 「彼は、道端に捨てられていた僕を拾って、育ててくれました。13の頃の話です。 今の僕があるのは彼のおかげで、だから今日僕を表彰するのなら、彼のことも讃えなければいけないと思います。」 会場がざわめく。なぜなら主役が壇上から客席の方へ降りていったからだ。 何かのファンサービスだろうか。可愛らしい顔立ちの彼には、彼のデザインした服ではなく彼自身に魅力を感じる女性のファンも多い。 しかし、それは勘違いだとわかる。彼はまっすぐに俺の方へ歩いてきた。ゆっくり、堂々と。 そして、その可愛らしい顔をしかめる。 「アシュリー、今日はそのままで来てっていったのに。」 そういって、彼は次の瞬間とんでもない行動に出た。 じっとしててといった後、俺のウィッグとコンタクトを手早く取り去り、彼は俺の手を引いてステージへまた向かう。 会場は、今度は俺たち2人を見ながらざわざわとする。 ああ、みんなの視線が痛い。しかもこんな、ウィッグもコンタクトも取り去ってしまえば周りと違うことなんて簡単に気づかれてしまう。 ちょっと待って、と止めようとした言葉は、会場の大きなざわめきに掻き消されて失われた。 再びステージに立つと、彼は俺から手を離し、マイクを持ち、そして堂々と言い放つ。 「彼が僕の、唯一の家族です。 僕は虐待の影響で女性と家族になることはできない。怖いんです。 だからその分、家族である彼に世界一感謝をしています。 そして、僕のデザインの大半は彼に1番似合うように作られています。 最後に、僕のデザインを愛してくれた皆様のおかげで、この賞をいただけたことに感謝いたします。 パーティーの最後に新作の発表があるので、よかったらそれも見ていってください。」 あいさつが終わると歓声が上がる。どういうことか、俺のことについて誰も触れる人がいない。なぜ、あんなに、恐れられていたのに。 そして彼は舞台袖の裏に俺を連れて入って行く。 特別賞、優秀賞など、次の発表がその裏では次々に呼ばれ、違う側の舞台袖からどんどん人が出てくる。彼はその中にいなくて大丈夫なのだろうか。 でもまず、そんなことより、目の前のことだ。

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