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8.
「ん、う……んぅ、ふぁ」
まるで深い口づけを交わす時のように、リカの指が口の中で動く。舌から離れたかと思えば上顎へと移動し、そっと擦った後には歯列をなぞる。追いかけても追いかけても、ちっとも追いつけない。必死に舌を巡らせても、リカの指は軽やかに逃げていく。
「や、だ……リカちゃ、指……んや」
「慧君やっばぁ……口の周り、べっとべと」
「や、んっ……ア、いぁ」
「いいね、その顔。俺の指に犯されて、蕩けてる顔」
グッ、と喉の奥に指を突き入れる。すると慧の顔に苦痛が浮かび、目尻に涙が溜まる。それを見たリカは満足げに頷き、身体を起こした。
嗚咽を我慢した慧を褒めるように、零れた唾液をリカは掬う。喉から顎、顎から唇へと。先を尖らせた舌で辿る。すると慧はか細く甘い声を上げ、身体を微かに震わせた。
「舐められただけで、感じる?」
髪の間から覗く耳に囁けば、慧が涙混じりに睨む。
「だっ、誰が!」
「でも慧君のここ、触ってもないのに尖ってるけど」
ベッドの上で向かい合って座り、それぞれの身体に触れる。とは言っても、慧が触れているのはリカの肩だったが。もたらされる快感に耐えるよう、左手でリカの肩にしがみつき、右手で自身の口を覆う。
「ンッ……」
指の隙間を通って漏れる声。切なく眉を寄せた慧を、リカは下から見上げるようにして顔を寄せる。
「声。別に我慢しなくてもいいのに」
「だっ、て……やだ、から」
「今さら嫌がったところで、もう何回も聞いてるのにね」
何度となく聞いてきた甘い悲鳴。目を閉じれば簡単に思い出せると言うのに、慧はこうして無駄な抵抗をする。愚かしくもあり、けれどそれ以上に愛おしい。もしこれが慧以外なら、あざといと一蹴することでも、相手が慧となれば別だ。
「慧君がそうくるなら、我慢出来なくするまでだけど」
慧の顎を舌で突いたリカは、今度はそれを鎖骨へと移動させた。骨の窪みに舌先が当たる感覚に、慧は何かが背中を駆け上るのを感じた。いや、駆け下りたのかもしれない。とにかく、得体の知れないものが身体を走り抜けたのだ。
「アッ、やめ」
「やめない。だから慧君も、気のすむまで我慢していたらいいよ」
時間の問題だろうけどね。不敵に笑ったリカは次に鎖骨に沿って唇で辿る。触れるか触れないかの、絶妙な刺激。もどかしさに慧の腰が揺れ、辛うじて身体を隠していたシーツが滑る。ベッドサイドに置かれたライトが、二人の身体を仄かに照らした。
「ああ、言い忘れたけど慧君。もう一回っていうのは、俺がイクまでだから。慧君は好きなだけイッて」
「だ、誰が……ッ、そんなに簡単に、イッてたまるか」
「へぇ。声だけでなく、そっちも我慢するんだ? そう……二つも我慢するなんて大変そうだし、手伝ってあげる」
微笑んだリカは、ベッドサイドのチェストへと手を伸ばした。上段の引き出しを開き、手探りで目的の物を探す。指先にコツリ、と軽い感触。迷うことなくそれを掴んだリカは、慧に見えるように掲げた。
極薄を謳い文句にした黒いパッケージ。正方形の小さな箱を揺らし、リカは慧に問う。
「これ、何か分かる?」
年頃の男なら知っていて当然の物。残念ながら慧は今までに使ったことがないし、今後も使う予定のない物。世間ではコンドームと呼ばれる避妊具の箱だ。
「なんでリカちゃんがそんなものを持ってんの?」
今まで何回も繋がってきたが、リカが避妊具を使っているところを見たことのない慧は驚いた。咄嗟に奪い取って確認すると、それは新品のようでナイロンに包まれたままだ。
ということは、誰かと使ったわけではない。けれど、誰かと使おうとしたのかもしれない。
瞬時に疑惑を深めた慧は、眼光鋭くリカを睨みつける。慧の勘違いに気づいたリカは困ったように笑った。
「いくら俺だって、一応は用意してあるよ」
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