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禁断のひじき
もうどれくらい歩いただろう。
喉はカラカラに乾き、目玉を動かすと瞼の裏を砂が転がりゴロゴロする。
脚は鉛のように重く、一歩踏み出すたびに膝が笑った。
変態レンジャーの仲間たちとはぐれて数時間。
ギラギラと照りつけていた太陽が沈み、体力の消耗が和らいだのは助かるが、月の光のない今夜、世界は闇に包まれている。
目を凝らせば物の凸凹をなんとか捉えることはできても、その先にはなにも見えない。
――怖い。
ふいに涙が溢れそうになり、だが乾き切った目からはなにも出てこなかった。
ただ募る思いだけが、掠れた声になって溢れる。
「ブラック……」
分かっている。
すべては、自分が油断したせい。
リンリーの挑発に乗せられ激情に突き動かされるまま後を追い、気がつけば人里離れた荒野に誘い出されていた。
すでにレンジャーたちの姿はどこにもなく、代わりに数多の敵に取り囲まれてしまう。
震える身体を叱咤して十体以上のリンリーを撃破することに成功したが、次から次へと湧いて出てくる新たな敵たちには到底歯が立たなかった。
そしてじりじりと後ずさるしかなくなったピンクは、背後に切り立った崖が迫っていたことに気がつかなかった。
身体のあちこちに擦り傷や切り傷ができ、いたるところに血が滲んだが、幸いにも骨は無事だ。
見上げた先には、まったく凹凸のない断崖絶壁。
美しく重なった地層が、いつかダークマルーンが振る舞ってくれた手作りのミルフィーユを思い出させる。
『迷った時は一番星を目指しなさい』
かの人の言葉を思い出し、ピンクは視界の揺らぎを瞬きで振り払った。
薄紫の空にうっすらと輝き始めた丸い光を、ただ必死に追いかける。
だが、どんなに歩いても歩いても、距離は縮まらない。
一番星に近づけない。
いつの間にか、辺りはすっかり暗くなっていた。
体内の水分がほとんど汗として排出されてしまったせいで、唾を飲み込むだけで激痛が走る。
かろうじてありついた水源は、底の見えない泥水。
それでも干からびて死ぬよりはマシだと、鼻を摘んで飲んだ。
「おなかすいた……」
空腹は嫌いだ。
とうに封じ込めたはずの嫌な記憶ばかりを呼び起こさせる。
大好きだった父を失い、叔父に虐げられ、なんとか逃げ出した先でピンクが直面したのは、厳しすぎる現実だった。
腹を満たすためなら人には言えないこともした。
消えてなくなりたい。
いつもそう思っていた。
それでも彼に出会い、愛し、愛され、もう一度生きてみようと思った。
変態ピンクとして、この世にはびこる悪と戦いたいと。
彼の笑顔が見たいから――…
「あっ……つぅ!」
足がもつれるままに倒れ込むと、地面から砂埃が舞った。
鼻の中に飛び込んでくる粉塵は不快でしかないが、もう動く体力も、気力も残っていない。
このまま死ねば、吹き荒れる砂嵐がこのちっぽけな身体を覆い隠してくれるだろうか。
力を抜き、ピンクがその身を委ねようとした――そのとき。
「ピンク!」
突然身体がひっくり返された。
しつこいリンリーが追いかけてきたのか、それともこの地に巣食う夜の魔物か。
どっちでもいい。
もう、疲れた。
早く、父上に会いた――
「探したよ、ローゼオン」
ローゼオン・ム・ナーゲ。
ピンクの真実の名を知るのはあの人だけ。
まさか。
「ブラック……?」
「ああ、私だよ」
最後の力を振り絞って瞼を押し上げると、ピンクを見下ろしていたのは憂いを帯びた紫水晶 の瞳だった。
「な、んでここに……」
「私がお前を置いていくわけないだろう?」
来てくれた。
変態レンジャーの司令塔である彼が、こんなちっぽけな自分を探し、そして見つけてくれた。
ピンクの心の奥が暖かいもので満たされていく。
「ごめっ……ごめんなさい……!」
「いいんだよ、ピンク。いいんだ……怖かったね」
「うん……うん……!」
怖かった。
それに、おなかが空いた。
「ブラック……あれ、ほしい。ちょうだい?」
「あれ?……って、あ、ちょ、こ、こら、ピンク!」
不意を突かれたブラックは、ピンクに押し倒され無様に尻餅をついた。
漆黒のマントが翻り、ブラックのでかちんこが垣間見える。
ピンクの幼い喉仏がゆっくりと上下した。
乾いた粘膜が擦れ合いヒリヒリと痛んだが、今はもう気にもならない。
ただそれを求める強い一心で、邪魔なマントを勢いよく肌蹴させる。
するとそこには、ふたりを包んでいる夜の闇よりも濃く、深い茂みがあった。
「ひじき……俺のひじき……!」
「うわ、ちょ、こら!ひ、引っ張るんじゃなっ……ぁいたッ!」
手に握れるだけ握って力任せに引っ張ると、ブチブチィッと音がしてたくさんのひじきが収穫できた。
黒々としたもじゃもじゃが、指の間をみっちりと埋め尽くす。
蒸れ具合も、ちぢれ具合も完璧だ。
ピンクは、干上がったはずの唾液がどんどん湧いてくるのを感じた。
胃が勝手に収縮して、早く早くと訴えてくる。
「いただきます……!」
歓喜に震えながら口にしたひと口目は、控えめだった。
だがふた口目は、大口を開けてできるだけたくさん頬張った。
ピンクの口の中が、ブラックのひじきで一杯になる。
複雑に絡み合いひとつの塊となったそれは、どんなに舌を動かしても解れない。
奥歯と奥歯ですり潰すと、きゅうきゅうと音を立てながら摩擦した。
「採れたて・イズ・ザ・ベスト!おかわり!」
「いっ!?だ、だから痛いと言っているだろう!いい加減にしなさい!」
「あっ……」
ブラックに抗われ、鷲掴みしていたひじきたちが、ブチッ、と途中で切れてしまう。
手のひらの上で散り散りになったひじきを眺めていたら、ふいに目頭が熱くなった。
とっくに枯れ果てたと思っていた身体から、涙が堰を切ったように溢れ出す。
「うっ……ひっ……く……」
ブラックが息を呑む気配がして、やがてそれは深いため息に変わった。
「まったく……しょうのない子だね」
俯いた桃色の頭の上で、ブラックの大きな手がポンポンと優しく跳ねる。
「いいさ、お前の気の済むまでお食べ」
ブラックは愛おしそうに目を細め、自ら脚を拡げてみせた。
巨大なちんリウム――今は光っていないが――を守るように、ひじきの森がある。
ピンクは、瞬きを忘れてその神秘的な光景を見下ろした。
「どうした?食べないのかい?」
「た、食べる!」
勢いよく顔を埋めると、蒸れた汗のにおいが鼻の粘膜に張り付いてくる。
愛しい人の雄の香りが、ピンクを突き動かした。
時には愛でるようにそっと、また時にはじゅるじゅると音を立てながら激しく。
ピンクは一心不乱に黒い股間に吸い付いた。
ブラックは、「いっ……」「こらっ……」「はうっ……」と悶えながらも、まるで悪戯っ子を見守るような穏やかな眼差しで、自分の股座の中心で忙しなく上下する桃色の後頭部を見つめる。
「ピンク、一度顔を上げなさい」
「ふぇ?」
「ほっぺにくっついていたよ、ほら」
「あっ……」
可憐にはにかんだピンクの口の端からは、一本の黒く長い陰毛がちょろりとはみ出していた。
fin
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