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第6話
──よし、一件落着だな。
──さぁ、サッサと帰ろう。
そう思った俺が、鞄を手に取ろうとした。
──その時だ。
「……だけどよ」
箱根は俯いて、切なそうな声色で呟く。
「オレ、結構ガチで考えたんだぜ? それを『好きな奴に見てもらいてぇ』って……そう思うのが普通だろ?」
机に載せている両手をギュッと握り、箱根は拳を作る。その手の近くには、箱根お手製のプレゼン資料の束が置いてあった。
そんな様子を見ていると、妙な罪悪感が湧いてくる。
「……お前は、好きな奴の胸倉を掴むのか」
「肩とか腕は、布越しだけど肌に触れちまうだろ」
純情なのか、馬鹿なのか……。
……それでも、箱根は真剣に言っているんだろう。
別に、俺が頼んで作ってもらったわけじゃない。そもそも大前提に、見る価値すら感じない資料だ。……と、俺は思う。
そう、思ってはいるのだが……。
「──百は、多い」
気付けば、俺は。
──椅子に、座り直していた。
呟かれた俺の言葉に、箱根が呆けた顔を向ける。
「あァ?」
「『百選』なんだろ? 百は多いから、もっと削ってくれ」
「削る……? …………そ、それ、って……ッ!」
箱根の目が、徐々に輝きを取り戻す。『星かよ』ってくらい、キラッキラだ。
なんだかそんな反応をされると、妙にこそばゆい気持ちになってくるぞ。
「その代わり。……自販機で、牛乳買ってこいよ」
そう言い、俺は鞄の中から財布を取り出し、自販機に売っている牛乳代ピッタリの金額を、箱根に手渡した。
箱根は俺から金を受け取ると、探るような目で俺を見てくる。
「……五十なら、どうだ?」
「もっと少なく」
「じゃあ、二十!」
「まだ多い」
「な、なら十!」
「もう一声」
俺が答えたのを聴いてから、箱根は机に力強く手を付いた。
そして、勢いよく立ち上がる。
「──買ってくる間に五まで削っとくから、絶対に帰るんじゃねえぞッ!」
俺に指を指してそう怒鳴ると、箱根は教室から走って出て行ってしまった。
……いや、廊下は走るなよ。
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