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君は女の子やかわいい男の子に人気があった。自覚はなかったみたいだけど。
モテることを妬む気持ちはなくて、むしろどこかで君に好意を寄せることができた彼らをうらやましく思っていた。
君が僕に望んだのはあくまで、ライバルと言う関係だった。
こんな僕を知ったら、きっと君は幻滅するだろう。僕は君が偶然気に入っただけの、その他大勢だ。
今、住んでいる場所から電車で一時間。駅からバスで二十分。
競争した校庭を突っ切り、湿っぽい校舎裏に回る。やはり林は小さく、校舎側から入って十分も歩けば道路と格子で隔てられた反対側に出た。
林のちょうどまん中ほどに秘密基地の跡地はあり、人が荒らした痕跡はないものの、月懐との思い出が朽ちた形で残っていた。
その思い出の残骸で、競うように集めた大きめのドングリや模様のある石なんかが入った缶の菓子箱を見つけた。
なつかしい気持ちで開けると、入れた覚えのない手紙が入っていて、柄のない白い封筒には『壮代枩吏様』ときれいな幼い字で書かれている。
あ、と思って胸が苦しくなった。
月懐の字だった。
俺は震える手で、封筒の中から手紙を取り出した。
そこには月懐の最後の言葉が認められていた。
僕は自分がΩだと知った時、両親ほどは悲しまなかった。獣人として生きていく難しさはよく理解している。βやαでさえ、人間社会ではしいたげられてしまうのだから、Ωは奴隷のその下だ。
悲しむ両親をなぐさめた。僕には君がいたからだ。屈指の名家で、αと唯一対等に渡り合えるβの家系。
君は偉く僕を買っていたけど、僕は診断書が届くまでもなく根っからのΩだった。君に気に入られるように君が望む存在になろうとしたのだから。
壮代家という生まれながらにしてエリートと銘打たれた君は、君にこびへつらう人たちを嫌っていたけど、彼らはこびるのが下手くそだっただけだ。
僕は彼らと違ってうまくできた。僕が君の一番を勝ち取ったんだ。だから、Ωだと知った時、君がαだと聞いて鳥肌が立った。
きっと僕は君に選ばれるために生まれてきたんだと、本気で思っていた。
だけど、君はΩの僕を必要とはしなかった。
獣人の僕が生きていくためには強い人間に寄生しなくちゃならない。
とどのつまり、僕のもくろみは失敗。
直接会って、謝れたらいいのかもしれない。でも、僕にはその勇気はなかった。もう一度会えば、どんなことをしても君のそばにいたいと願ってしまう。
獣人でも、Ωでも関係ない。お前は友だちだ。そう言ってくれた君の言葉は嬉しかった。
嬉しくて悲しかった。
僕にはプライドがない。何もかもを捨てても、君のものになりたかった。
こう書くとさも僕だけが君に熱をあげていたみたいだけど、こんなΩきっとどこにでもいる。
僕は君にふさわしくない。
だけど、これだけはわかっていてほしい。
僕は獣人でなくても、Ωでなくても、君に熱を上げていたと思う。
この秘密基地は僕にとって楽園だった。君のとなりで木の葉の間から射し込む光を浴びる。君にはわからないだろうけど、あれ以上に幸せなことはなかったよ。本当に。
なあ、枩吏。君以外の誰かのものになるくらいなら、僕は死を選ぶよ。
僕は下心ばかりで、奴隷以下の獣人のΩだし、生きる勇気さえなくて、どうしようもなく打算的な弱虫だったけど、これを読んでもまだ、僕を友だちだと認めてくれるなら、僕は君に惚れていてもいいのかな。
こんな僕だけど、生まれ変わってもまた、君と友だちになりたい。
君を好きになりたい。
杉春月懐。
手紙が歪んで最後の名前が涙で滲む。
慌てて袖で目を擦った。
知らなかった。月懐がこんな風に考えていたなんて。
俺は本当に馬鹿だった。
大馬鹿だ。
俺だって月懐を好きだった。本当に大好きだった。
どうしてわからなかったのだろうか。
――友だち、か。
俺が問い詰めた時、月懐は俺を嘲弄したわけじゃなかった。自分を責めていただけだったなんて、そんなこと思いもしなかった。
なぜ気づけなかったのだろう。
俺だって同じだったのに。なりふり構わず、月懐の側にいたくて、月懐の一番でいたくて、平気で割り込み、月懐の手を掴んで他の友だちの輪から引き離していた。
本当にどうしようもないくらい幼かった。
一生、側にいたいとまで思っていたのに、俺はどうしてあれが恋だとわからなかったのだろう。
手紙をしまい、空を見上げた。重なり合った木の葉の隙間から光がさしている。
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