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 早朝、山には冷たい靄がかかっていた。  そのにおいが風に乗ってわたしの鼻を通り、頭の奥を痺れさせたのは四年も経過した後だった。  ちょうど、群れから離れ、狩りに出ていたということもあり、わたしはそのまま山を下りあの川へ向かった。  松風が来た。  帰ってきてくれた。  衝動に任せ、木々の間を飛ぶように走る。  不意に、そんなわたしと並走する影を見つけ、慌てて立ち止まった。 「夜一」  兄だった。 「兄上も気づきましたか」 「まあな……」  兄の雪は松風の魂のつがいだった。本来ならば、これ以上ないほど強い絆で結ばれるはずの関係だが、兄には兄の考えがあって、松風には松風の考えがあって二人はつがいにはならなかった。 「どうしてあの人間は戻ってきたんだ」 「聞いてみなければわかりませんね」  早く会いたい。  この四年、忘れたことはなかった。  兄と話している時間さえもどかしい。  どうして戻ってきたのかはもちろん気になっている。だが、やりたかったことを成し遂げたのかもしれない。それならば、何の不自然もない。むしろ、それを報告しにここまで来てくれることが嬉しかった。  四年もの歳月が経っているというのに、わたしは未だにこんなにも鮮烈に松風を慕っている。  それを知らないわけではないはずなのに、なぜ兄はわたしを引き留めたのだろうか。 「夜一、何か変じゃないか。俺はどうにも、胸騒ぎがする」 「魂のつがいだからですか」 「そんな話じゃない。馬鹿にするな」  獣が唸るように姿勢を低くして兄が怒鳴る。  兄と松風は魂のつがいで、わたしはその繋がりが未だに理解できずにいる。だから、四年燻らせた思いが、わたしにささやく。 「嫉妬でないなら、群れに戻ってください」  松風が成そうとしたことは、幼い頃に大切に思っていたΩのためだ。そのために世の中を変えたいと言っていた。αのわたしは、逆立ちしてもその思いには敵わない。  そして、それを成し遂げてここへ来たのだとしたら、松風が四年前に兄をはね除けた力もないはず。あの時、松風に本能に対抗する力を与えたのはわたしではなく、そのΩだったのだから。  今、わたしより先に兄と会えば、松風はきっとわたしのとこなど忘れてしまうに違いない。  兄はわたしに何か言おうとしていたが、首を振ると獣の姿で山を駆け上がっていった。  わたしは松風のにおいのする方へまた走り始めた。

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