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豹変

【颯人さん、待っ・・・】 2度目の口付けは自宅アパート前の駐車場で。停車するなり腰に彼の腕が回ってきて、抱き寄せられ、すぐに唇を奪われた。 「君の横顔があまりにも可愛くて・・・」 シートを倒され彼がすぐに覆い被さってきた。一太は後部座席のチャイルドシートに座ったまま熟睡しててぴくりとも動かない。 「ごめん、君の家まで我慢出来そうにない」 戸惑う僕にはお構い無し。 だいぶ薄暗くなってはきてるものの、人通りがない訳じゃないのに。 【嫌だ!】 必死でぶんぶんと首を横に振った。 「嫌だという割りには・・・固くなってるよ、ここ」 くすりと苦笑いされながら、布越しに下肢をそろりと撫でられた瞬間、顔がひきつり、ぞっと身慄いがした。 「なぁ、未知・・・そろそろトラウマを克服して貰わないと・・・」 そこで彼は一旦言葉を止めた。 「俺が困るんだよ、おい、聞いてるか?」 それまでの表情が一転。鬼の様な形相に豹変した。声もがらりと変わりまるで別人の様だった。 恐怖からか体が動かない。どくんどくんと鼓動の音が耳にはっきりと聞こえてくる。 手を伸ばせばドアを開けられる。でも、一太を置いて僕だけ逃げるなんて出来る訳ない。 「怯えている未知もなかなか可愛いな。そそられる」 彼の手が頬に触れた瞬間、あまりの冷たさに震え上がった。 「まぁ、そう怖がるな。すぐに気持ち良くなるさ」 冷笑しながら彼の手が、シャツの裾を捲りあげて中に侵入してきた。 【止めて!】 こういう時声が出せたらどんなにいいか。 拒絶の言葉さえ発する事の出来ない自分が情けなくて、悔しくて。 そんな自分に無性に腹が立ち、そして苛立ち。 あっ、そうだ。 一太が落とした色鉛筆をポケットに入れっぱなしにしていたのを急に思い出した。 到底敵わない。 でも何もしないよりはまし。 自分を守れるのも、一太を守れるのも僕しかいない。 色鉛筆を探そうとポケットに手を伸ばした時だった。 ガタンと音がしたのは。 それは一太が寝ている方のドアから聞こえてきた。 聞き間違いかと一瞬耳を疑ったけど。ひんやりとした外の空気が、嘲笑う声と共に車内に流れ込んできた。 「いつまで掛かってんだ。さっさとやれよ!」 ドスの聞いた怒鳴り声と、ガチャガチャと強引にチャイルドシートのベルトを外す音と、一太の泣き声はほほ同時だった。

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