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彼が好き
「そのぐらいにしておけ森」
怒気を孕んだ卯月さんの低音ボイスが辺りに響き渡る。奥から姿を現した彼は、憮然としていた。
「おじちゃん!」
彼の放つ圧倒的な威圧感に居合わせた男性たちがビクビクするなか、一太は気にすることなく笑顔で足元へと駆け寄っていった。
「おぅ、一太。ママと遊びに来てくれたのか」
今まで笑いもせず不機嫌だった卯月さん。一太を見るなり途端に表情を緩ませ、破顔し優しく抱き上げてくれた。 何ともいえない張り詰めた空気をあっという間に一掃した一太。 はたから見たら親子にしか見えない二人の微笑ましい光景に、森さん以外の強面の男性たちの顔も思わず綻んだ。
「いちたね、おてまみかいてきたの!」
「そうか、嬉しいな」
ポケットから四つ折りにした紙を取り出し、精一杯両手を伸ばし、卯月さんに差し出す一太。
「おぅ、ありがとうな」
受け取るなり、目を潤ませて、息子の頭を何度も撫でてくれた。
「あぁ、馬鹿馬鹿しい」
ただ一人、森さんだけが溜め息を吐きながら、短く鼻で笑っていた。
「未知さん、あまり気にしないように」
橘さんが然り気無く気遣ってくれて。
「卯月の愛人として、皆の前では堂々としていればいいんです」
そう励ましてくれた。
一太を抱っこしたまま、さっき出てきた部屋へ、今度は上機嫌で戻って行く卯月さん。橘さんに背中を押され、慌てて追い掛けた。
「ままもかいたんだよ」
「そうか」
中に入るとそこは社長室だった。手前に楕円形のテーブルがあり、その周りを囲むように座り心地の良さそうなソファーが置いてあった。 「未知」 そんな怒ったような怖い顔をしなくてもいいのに。一太には甘いくせに僕には何かと手厳しい。 ポケットから書いた紙を取り出し、恐る恐る差し出した。 『卯月さんへ 今度の休みに一太と3人で動物園へ遊びに行きませんか?』 緊張して手が震え、たったこれだけの文を書くのに一時間近く掛かってしまった。人生初のラブレター。ちょっと違う気もするけど。 気持ちがこもっていれば大丈夫ですよ、橘さんに励ましてもらい何とか書き上げた。
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