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それでも彼が好き

目が覚めたら昨夜の事はすべて夢だった。それなら誰も傷付くことがなかったのに。 どうしよう・・・ 腕枕をしてもらい、彼の服を握り締め、しがみついた状態で目が覚めた。穏やかな寝顔を眺めるうち、彼と両想いになれた嬉しさより、奥さんを裏切ってしまったこと。もう2度と引き返せない一線を超えてしまったことに対する後悔の念がどっと押し寄せてきて、一気に現実へと引き戻された。 何度確認しても彼の指には昨日まで嵌めていた指輪がなかった。少し鬱血し窪んだ指輪の跡をそぉーと指先で撫でると、彼の体がぴくっと微かに動いた。 【起こしちゃったかな・・・もしかして・・・】 慌てて手を引っ込め、恐る恐る顔を上げると、にこやかに微笑む彼と目が合った。 なんとなく流れる気まずい空気に、平静さを繕うとエヘヘとぎこちなく笑い返した。 「ちゃんと準備しておくべきだったな、悪いな気がきかなくて。今日の夕方、一緒に買いにいこう」 違う、ねだる気なんか全然ないのに。 そういう意味で触れたんじゃないのに。 「遠慮するな」 遠慮していない。 指輪なんていない。 ぶんぶんと首を横に振った。 「悪い虫がお前に付きまとわないようにするためだ」 彼の手が伸びてきて左手を掬い上げられた。 「橘がいうには焼きもち妬きで、嫉妬深いらしい。颯人だっけ?一太がいなければアイツのこと半殺しにしていた。人のモノに気安く触るし、未知のここも好き勝手にしやがって」 片方の親指で唇を撫でられた。 「柔らかくて、息さえ甘くて・・・俺以外誰にも触れさせるなよ、いいな?」 独占欲を露にする彼。 こんなにも愛されて嬉しくないわけないのに。 僕の心は曇り空のまま。 彼の奥さんの気持ちを考えると、手放しで喜べなかった。

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