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新しい名前

《奥さんを不幸にしてまで得た幸せは本当の幸せじゃない。卯月さん、ごめん・・・》 節のある長い指がのそっと伸びてきて、書いていたメモ帳を取り上げられた。 仕事に向かった彼を見送ったのち。幼児向けのテレビ番組を見始めた一太を眺めながら、自分の正直な気持ちを伝えようとメモ帳を取り出しペンを走らせていたのだけど。 「未知さん、本気でこれを卯月に見せようとしてますか?」 普段滅多に怒らない橘さん。腕を前で組み、目を吊り上げ睨まれた。 「彼を本気で怒らせるつもりですか?」 違う、決してそういうつもりは・・・ 首を横に振った。 「それならこれは必要ないですね」 書いていたページをびりっと破り、くしゃくしゃに手で丸め近くにあったゴミ箱に捨てると、真っ白のメモ帳を返してくれた。 「黙って彼に愛されていればいいんです。いいですね?聞こえていますか?」 そんなに何度も念を押さなくてもいいのに。強い口調で言わなくてもちゃんと聞こえているから。 「・・・卯月、未知・・今日からそれが貴方の新しい名前です」 とどめを刺され反論すら出来なかった。 「一日も早く卯月の子どもを産んで下さい。跡取りがいなくて、過去に何度も他の組を巻き込み骨肉の跡目相続争いを繰り返してきたんです。未知さんなら出来るでしょう?」

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