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一途に愛されて

「えっと・・・」 「妻の名前は未知。喋ることが出来ない。ゆっくり話せば唇の動きである程度は理解出来る。余計なことは話し掛けるなよ、さっきも言ったが・・・」 「はいはい、了解しました」 やれやれといった表情で、坪井さんがどうぞこちらにって、カウンターに案内してくれた。 「しかし、エライのに捕まったな」 座るなり真顔でそんなことを言われてしまった。 どう意味なのか分からず、首を傾げると坪井さんが、卯月さんの視線を気にしながら言葉を続けた。 「いや、さっきは笑ってすまなかった。アイツが君みたいな普通の子を選んだのが意外でさ」 きょとんとする僕に、坪井さんが金の指輪が真ん中に置かれているベルベットで出来た小さなクッションを差し出した。 「お触り禁止らしいから、自分で嵌めてくれる?」 坪井さんに言われ、言われた通りに左手の薬指に指輪を嵌めてみた。 ひんやりとした滑らかな感触。小さいのにずしりとした重みに自然と気持ちが引き締まる。 「卯月、サイズを確認したいから触ってもいいか?」 「はぁ!?ダメに決まってるだろう。未知、どうだ?キツくないか?」 サイズはぴったりだから大丈夫。大きく頷いた。 「未知が大丈夫だって言ってるから、そのサイズでいいだろう。用は済んだ。さっさと帰るぞ。ちょうど一太も起きたことだし」 商品を眺めながら冷たいガラスケースに寄りかかっていた卯月さんが体を起こした。 目を手で擦りながら「おなかすいた」と空腹を訴える一太を優しくあやす一方、やっぱり僕には冷たい。 「うちに帰ろうな。未知、何もたもたしているんだ。さっさと帰るぞ」 坪井さんが僕らのやり取りを見て、呆れて笑っていた。 「卯月ほど、嫉妬深くて、焼きもち妬きはいない。それを知った上で好きになったなら何も言わないけど」 坪井さんの手が指輪に触れる。 「坪井!」苛立った卯月さんの声が飛んできたけど、彼は動じなかった。サイズを確認してもらい、外して貰った。 卯月さんは不機嫌そうに、憮然面して見ていた。刺さるような視線が痛い。

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