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彼に一途に愛されて

「参ったな」 ギシッとベットが軋み、彼が溜め息を漏らしながら上体を起こした。 耳の脇に分厚い左手が置かれて。 もう片方の右手で頬を撫でられ、指先でそっと目蓋の縁をなぞられ、はじめて泣いていることに気が付いた。 「泣くほど嫌だったか?」 涙の雫を指の腹で掬い上げる彼の目元もなぜか濡れていた。 何で!? 卯月さんまで・・・ 「どうやら未知の涙に弱いらしい。あんまり見るな」 苦笑いしながら手の甲で涙を拭う卯月さん。決して他人を寄せ付けない強面の表情が優しく緩んでいた。 これが本来の彼、素の表情なんだろう。 保育士になる夢を諦め、全く真逆の道を歩んできた彼。 僕には想像すら出来ない。 彼がどれだけ辛い思いをしてきたのか。苦しい思いをしてきたのか。 組を、若い舎弟たちを守るため自分の人生を今の今まで犠牲にしてきたのだから。 「う・・・つぅ・・・きぃ・・・さぁ・・・ん」 僕の人生なんか、彼に比べたらちっぽけなものだもの。 喉にありっけの力を込め、ゆっくりと紡ぎだした。声にならなくていい、あなたを誰よりも好きっていう、この想いだけでも伝わればじゅうぶんだもの。 「・・・すぅ・・・きぃ・・・」 彼の肩にしがみつき抱き、前みたく首筋に唇を押し付けた。 「未知・・・」 驚いて目を見開く彼。 背中に逞しい二の腕が回されて。 強く強く抱き締められた。

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