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悪意
その日の夕方。一太を真ん中に三人で手を繋いで帰宅すると橘さんが先に帰ってきていた。
「誓約書を書いてもらいました。確認して頂けますか?」
ただいまの挨拶をする間もなくA4サイズの茶封筒を手渡された。
「あのな・・・」
ざっと内容を目で確認した彼が一つ溜息をはいた。
「釘を刺してきたんじゃなくて、脅して来たのか?」
「私がそんな卑怯な真似をするとでも?」
橘さんが意味ありげに薄笑いを浮かべた。
「未知さんの代理人としての責務を全うしただけですよ。それはそうと、お土産にますはらの餃子を購入してきました。未知さんが大好きだったとご両親から聞いて」
ますはらは実家近くにある中華料理やさん。家出する前日まで毎日のように通っていた。
「未知さんが急にいなくなり心配していたそうです。元気にしていますと伝えたらすごく喜んで、餃子の他に唐揚げや回鍋肉などおかずをたくさん頂いてきました」
一太は唐揚げと餃子があると聞いて大喜び。両方とも好物だから尚更。
彼と橘さんが一太をリビングに連れて行ってくれて、一人きりにしてくれた。
部屋のベットに腰を下ろして茶封筒から中身を取り出した。誓約書と手書きで書かれた文字には見覚えがあった。丸っこい癖のある字。間違いなく母の字だ。
卯月遥琉との結婚に対し異議申立てをしない。今後一切息子と孫には関わらない。親権を放棄し息子が成人するまで卯月家の顧問弁護士である橘氏を法定後見人とする。
そんな感じの内容だった。僕や一太に対する謝罪の言葉は一切なかった。あまり期待していなかったから。ある程度予想していたから、これといって落ち込まなかった。
親子の縁を切るってことがこんなにも呆気ないなんて・・・僕は両親にとって、いてもいなくてもいい空気みたいな存在だったんだろうな。きっと。
親子って、家族って、一体何なんだろう。
親に見捨てられた僕に果たして彼との家庭を築いていけるんだろうか。
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