86 / 3632
悪意
そんなことを考えていたら、曇天の空からパラパラと雨が急に降り始めた。
「まま、ちゅめたい‼」
一太が頭を両手で覆った。
雨足が次第に強くなり、急いで建物の中に避難しようとした、まさにその時だった。
目の前の道路を一旦は通過した黒のワゴン車が、ものすごい勢いでバックしてきて、キキキーーィ!と車両進入禁止の為の縁石にタイヤを擦り付けながら急停車した。
停まるとすぐにバタンと後部席が開いて。
予想もしていなかった、まさかの人物が薄気味悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりと降りてきた。
その人は、僕が一番会いたくない人で、一太に一番会わせたくない人だった。
【ーーお兄・・・ちゃん・・・】
寒くもないのにガタガタと体が震えはじめた。
「そんなに怖がることないだろ?」
じりじりと獲物を狙うかのように、一歩ずつ近付いてくるお兄ちゃん。
頭では逃げなきゃいけないのは分かっていた。だけど足が地面にくっついて全く身動きが取れなかった。
「未知が急にいなくなるからパパ、すごく心配したんよ」
お兄ちゃんの視線が一太に向けらて。
咄嗟に後ろに隠そうとした。でも一太は隠れようとはしなかった。
「一太っていうんだろ?その子。小さい頃の未知にそっくりだ。おいで一太、パパだよ」
お兄ちゃんが腰を屈め笑顔で手招きした。
「いちたのぱぱ、ちがう‼」
小さい手で僕の服の裾を力一杯握り締め、ブンブンと首を横に振る一太。
「ママとは色々あって一緒に暮らせなかったんだ。これからは、ママとパパと3人で暮らそう」
「ヤダ‼」
一太は動じなかった。
大人の・・・息子にとっては初対面のひとなのに、怖がることもなく堂々としていた。
ーいいか、パパがいないとき、ママを守れるのは一太だけだ。もし何かあったときは一太がママを守るんだ。喋れないママの代わりにおっきい声を上げてまわりに助けを求めるんだー
彼にそう言われていたの。ちゃんと覚えていたんだ。
「血の繋がっていないヤクザのどこがいいんだ」
頑として首を縦に振らない一太に、次第に苛立ちを募らせていくお兄ちゃん。
「まぁいい。時間は幾らでもある」
吐き捨てるように言うと、手首を鷲掴みされた。爪が皮膚に食い込むくらい強い力で。
そして脅すかのようにジロリと凄みをきかせて睨まれた。
「未知の夫はパパだけだ。他の男との結婚は認めない」
吐き捨てるようにそう口にしたあと、本性を剥き出しにした。
「夫がいながら、不貞をするとは・・・覚悟は出来ているんだろうな?お前はパパのモノだってことをじっくり教えてやる」
ともだちにシェアしよう!