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取り返しのできない過ち
「ん!?」
何気に彼女と目が合った。
「やぁだ、そんな辛気くさい顔しないで。私は、あなたのこと憎んでなんかないわ。むしろ、感謝してるのよ。どんなに望んでも遥琉に赤ちゃんを産んであげられなかったから。ありがとう未知、彼に二人も子供を授けてくれて」
まさか頭を下げられるとは思っていなかったらびっくりした。
【顔を上げてください‼】
慌てて彼女の肩を揺すぶった。
「ほんとはね・・・」
秦さんがぽつりとそう呟いて。
「正直に言うとね、悔しかった。憎たらしかった。自分には子供が出来ないのに、なんで、愛人には子供が出来るのって・・・相手がどんな女か、遥琉や、橘に食って掛かったわ。あなたのことを知るためにカフェに足を運んだのよ。遥琉を返してと言うつもりだったのにね。あなたを一目見て、弟かも知れない、そう思った。私を捨てたあの人にすっごく似ていたから・・・」
辛い胸のうちを明かしてくれた。わざと明るく振る舞っていたのは、本心を隠すため。
決して許されないことを、取り返しのつかないことをしてしまった。
ようやくそのことに気が付いた。
遥琉さんを好きになってごめんなさい。
秦さんから、大事なひとを奪ってごめんなさい。
ひたすら彼女に謝り続けた。
「悪いと思ったけど、あなたのこと調べさせてもらったわ。あなたや一太の出生のことを知って、最初信じられなかったけど・・・まさか、そんなことが起こるなんて・・・そのせいで喋ることが出来なくなったって知って・・・私だけじゃなかったのね。あなたも辛かったのにね。信じていた人に裏切られて。普通今頃、高校生として青春を謳歌してるはずだったのにね・・・」
話しながら次第に声が小さくなっていった。
「ある日突然、茨木さんが家を訪ねてきたの。義父は彼の顔を見た途端驚いていた。それで初めて知ったの、彼が祖父だということを・・・私の将来を考え、母と同じ目に合わないようにするために叔父夫婦に預けられたことを・・・あなたも同じことを言われたと思うけど、虐待の連鎖をどこかで止めなきゃいけないんだ。このままいったら、おそらく一太も性暴力の被害者になる。そうなる前に何とかしなきゃならない。悲劇を、過ちを二度と繰り返さない為にも、未知には遥琉が必要なんだ、そう言われてね、頭を下げられてね・・・」
秦さんは唇を噛み締めるとそこで口ごもった。
やや時間をおいて、一旦、目を閉じ、一つ深く深呼吸すると静かに言葉を続けた。
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