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番外編 逆恨み
「人妻を口説くとはいい度胸だな。千里に言い付けるぞ」
「あのな遥琉、普通は状況を見てから言わないか?」
「じゃあ聞くが、非常事態のどさくさに紛れて人の妻にべたべた触ってるのはどこのどいつだ」
彼も仕事を抜け出し駆けつけてくれた。でも、僕が笹原さんと一緒にいるところを見るなり、しかめっ面し不機嫌な表情になった。
「未知、ハルちゃんもう少しで着くって・・・なんで遥琉がいるの⁉」
「はぁ⁉俺は遥香の父親だ。いて悪いか⁉」
「橘がいるんだもの。別にいなくても大丈夫なのに」
心さんも橘さん同様容赦がない。
「遥琉、まさに四面楚歌だな」
兄弟のやり取りを見ていた笹原さんが堪えきれずに声を立てて笑いだした。
「未知さんや、笹原も遥琉と同じでな。跡目より好きな人と歩む人生を選んだんだ」
お義父さんがおもむろにそんなことを口にした。
「今度千里を紹介してもらったらいい。相談相手になるだろう」
普段あまり笑わないお義父さんの顔に笑い皺が出来ていた。
「未知さんや、生きた心地がしなかっただろう。帰ってきたらうんと甘えさせたらいい。一太のことはワシに任せろ」
お義父さんが根岸さんに車を寄越すよう指示した。
「遥琉、一太の迎えに行ってくる。心、あとのことは任せたぞ。笹原、またな」
「一太の迎えくらい俺が」
「バカかお前は。こういうときくらい未知さんや遥香の側にいてやれ。家庭を顧みなかったワシが言う台詞じゃないがな」
「親父、ありがとう」
彼が深々と頭を下げた。
「止してくれ、背中が痒くなるだろうが」
流石に恥ずかしいのかわざと咳払いするお義父さん。
僕も慌てて頭を下げた。
゛ありがとうお義父さん゛って、言葉で直接伝えられないのが歯痒い。
いつか声が出るようになったら、まず最初に彼の名前と、一太と遥香の名前を呼んで、お義父さんと橘さんにありがとうって言おう。
心さんや裕貴さんや、茨木さん。
そして秦さんやお姉さん。まだまだお礼を言わなきゃならない人がたくさんいるもの。
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