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番外編 それでも彼が好きだから

「若い頃は、寡黙で無愛想で気が短くて、手のつけられないゴンタと呼ばれていた龍一家の組長が、随分と丸くなったものだ」 あどけない笑顔を見せる遥香を目を細め眺めていた笹原さんがぽつりと呟いた。 「跡目を婿養子の裕貴に譲り、現役を引退するそうだ。可愛い嫁と孫の面倒をみながら、亡くなった長男や妻たちの供養をしたいと、心や、裕貴、遥琉は勿論、幹部を集めて皆の前でそう宣言したらしい」 そんなの初耳だった。 お義父さんがそんなことを考えていたなんて、知らなかった。 「なぁ、未知、なんで俺が秦の姓じゃなく、笹原の姓を名乗っているか分かるか⁉」 彼のお父さんに会ったことはないけれど、意思の強そうな鋭い眼差しはきっと昇龍会先代組長だった父親譲りなのだろう。 「恐妻家だった実父が、なかなか認知してくれなくて、母と共に秦の家を追い出された。遥琉の父親が・・・オヤジが、生活に困窮していた俺たち親子を見かねて援助を申し出てくれて。表向きオヤジの愛人の一人として、母は女一つ手で育ててくれた。俺の母親と遥琉の母親が姉妹のように仲が良くて、千里と心みたいな、あんな感じ。小さい頃から遥琉と、裕貴と三人ずっと一緒でーー」 穏やかな語り口で笹原さんが、自身の生い立ちについて話しはじめた。 「俺も裕貴も、兄貴肌で面倒見が良かった遥琉が大好きで、四六時中遥琉にべったりだった橘に焼きもちを妬いたほどだ。裕貴が、興味本位で遥琉の愛人に手を出して、橘に刺されたっていう話しは聞いていると思う。その愛人こそ、千里が言っていたカレンだ。未知、メモ帳とペンを貸してくれるか⁉」 昔、僕と出会う前、彼が女性にモテモテで那奈姉さん以外にも付き合っていた女性がいたことは事実で、ある程度覚悟はしていたつもりだけど。 カレンさんって、やっぱり本当に彼の愛人だったんだ・・・ 今まで何も知らないでいた自分に無性に腹が立った。情けないやら悔しいやら。もうどうしていいのか分からない。 「未知、いいか」 ぼぉーとしていたら、笹原さんにクスッと笑われてしまった。慌ててメモ帳とペンを手渡すと何やら書き始めた。

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