206 / 3632

番外編 過去に囚われたままの彼

「遥香か、いい名前だ。遥香ちゃんおいで」 男性が娘の名前を呼ぶと、大きい声で返事をして笑顔でパタパタと走ってきた。 「お駄賃だ。取っておけ」 ポチ袋を渡され、よほど驚いたのか目を丸くする遥香。かなり分厚い。 「お兄ちゃんと半分な」 「うん。おじちゃん、ありがとう」 茨木さんや秦さんの知り合いとはいえ、知らない人から貰うわけにはいかない。慌てて返そうとしたけれど。 「未知、遠慮しないで貰っておけ。彼は縣遼禅。縣一家の組長だ。ヤボ用があって卯月に会いに行くついでに、嫁にも会ってみたいと頼まれたんだ」 秦さんにそう言われたからには無下に断る訳にもいかず、娘と一緒に男性に頭を下げた。 「この前、遥琉に久し振りに会ってな。毅然とした凛々しい姿に、卯月の若い頃を思い出した。カタギを止めて、現役に戻る気はないのかって聞いた」 この前って…… 福井さんの組長襲名式のことかな。 「戻る気は一切ありませんと即答された。こんな自分でも帰りを待ってくれる家族がいる、だから、戻る気はないと」 縣さんがコーヒーを一口、口に運んだ。 「遥香ちゃん、おじちゃんたち、ママと少し話しがあるんだ。心お兄ちゃんと千里おばちゃんのところに行っててくれないか?」 秦さんの言葉に、千里さんが、まだおばちゃんじゃありませんから、お姉さんです、すぐに反論をしていた。 裕貴さんが遥香を抱き上げ二人の間にちょこんと座らせると、すぐに戻ってきて、二人と向き合う形で椅子に腰を下ろした。 「未知も立っていないで、座ったら?」 促され、チラッと茨木さんを見ると、少し休憩していいぞ、そう声が返ってきた。 縣さんの表情を伺いながら、恐る恐る椅子に座った。

ともだちにシェアしよう!