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お兄ちゃんの歪んだ愛情

「そこから動くな‼」 柚原さんの目付きも声も丸っきり別人のようになっていた。 「一つ聞くが、二階の産科病棟の看護師や助産師以外みな帰らせたと言ったな⁉」 「ええ、主人と私以外一階には誰もいないはずです」 「じゃあ、俺達が見たのは幽霊か⁉そんな訳ないか」 くすりと自嘲する柚原さん。 「主人は⁉無事なんですよね⁉」 怖がる様子も見せず気丈に振る舞う先生。 「若い連中がしっかり守っているから安心しろ」 「あの人怖がりだから、怖じ気づいて動けなくなっていたらどうしようと心配だったの。それなら良かった・・・」 無事と聞いて、ほっと胸を撫で下ろしていた。 「先生すみません、厄介なことに巻き込んでしまって」 彼が深々と頭を下げ先生に侘びた。 「気にしてないわ。父と度会さんは長い付き合いでね。共働きで留守がちな両親に代わり、紫さんが私の面倒をみてくれてたの。だからいつか恩返ししないと、そう思っていたから、危険を承知の上で奥さんを引き受けたのよ。だから好きなだけ調べていいわよ」 「ありがとうございます」 先生の了解を貰い、彼と橘さんが診察室の中をくまなく調べ始めた。 「夫婦になって初めての共同作業だな優璃」 「真面目に探してください。あと、人前で気安く名前で呼ばないでいただけますか⁉」 「相変わらず可愛いげのないつれない返事だな。でも、そこが優璃らしくて・・・」 「それ以上口にしたら、この指輪お返ししますよ」 何だかんだといって二人は仲がいい。 橘さんの前だと、いつもの柚原さんに戻るから不思議。 盗聴器が仕込まれてあるかも知れないから一切声を出すなと言われ、彼の腕にしがみつきながら、千里さんと様子を静かに見守った。

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