311 / 3580
番外編 襲名式
それから一か月後ーー
背中に卯月家の家紋である亀甲に花角を刺した黒羽二重の着物に仙台平の袴。
和の正装に着替えた彼が、緊張した面持ちで何度もため息を吐いていた。
「笑うな橘」
「すみません」
橘さんが必死に笑いを堪えていた。
「長年の夢が叶って満足だろう」
「えぇ、勿論」
度会さんが紫さんと悠々自適にのんびりと余生を過ごしたいからと突然引退を宣言したのが、僅か一週間前のこと。
あのあとすぐ大上さんが姿をくらまし、事実上大上組は解散に追い込まれた。
拝島さんら幹部は、昇龍会の報復を恐れ雲隠れしてしまった。
大上さんや、真沙哉さんがいつ何時襲ってくるか分からない状況が依然として続いているのに。突然の引退宣言に皆さん一様に驚いていた。
その度会さんから直々に新しい組長に指名されたのは彼だった。
「未知さん見惚れている場合じゃありませんよ」
橘さんに言われドキッとした。そうだった今日から姐さんって呼ばれるんだった……こんなことになるならもっと早く紫さんに弟子入りを志願すれば良かった。今更遅いけれど……
えへへ、お腹を擦りながら笑って誤魔化した。
ともだちにシェアしよう!