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番外編 君を、誰よりも愛していると言ったはずだ
「未知さん………?」
怪訝そうに聞き返された。
「僕が逃げなければ、お兄ちゃんまで巻き込むことなかった」
悔しくて悔しくて………上唇を噛み締めた。
初めに収監された刑務所で、頭を壁に叩き付け自傷行為を繰り返したお兄ちゃん。数ヵ月前、首に下着を紐のように巻き付け自殺未遂を起こしたことから、Y医療刑務所に移送された。
「黒竜は、サイバーテロのプロ集団だ。他人に成り済まし、平気で人を騙し、殺人も厭わない。連中にとって未知さんの居場所を突き止めることなど赤子の手を捻るくらい簡単なことだろうよ。それに未知さんのお兄さんだってある程度覚悟をしていたと思うよ。だから、黒竜の指示に大人しく従ったのだろう」
惣一郎さんは真っ直ぐ前を見据え、竹刀を振りながら言葉を続けた。
「預かったからには命に代えても未知さん達のことは守る。それが昔世話になった卯月と播本への恩返しになればそれでいい。だから安心してここにいればいい」
「一太くんやハルちゃん、それにたいくんやここちゃんが目に入れても痛くないくらい可愛いんでしょう。素直にそう言えばいいのに」
「五月蝿いな」
橘さんに痛いところをつかれ、顔を真っ赤にし、わざとらしく咳払いする惣一郎さん。
「練習の邪魔だ」そっぽを向きながら竹刀を構えた。ちょうどそこへ、
「そうじいじ」今度は遥香が笑顔で駆けてきた。
「ハルちゃんも早起きだな」
惣一郎さんの表情が一気に緩み、目尻が下がりっぱなしになった。
遥香も、惣一郎さんを怖がることなくすぐになつき、そうじいじと呼んで慕っている。
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