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番外編 暗澹

「那和さん、一度も紫竜に会ったことがないんですよね?」 蜂谷さんに聞かれ、那和さんは項垂れたままこくりと頷いた。 「じゃあ他の二人は?」 玉井さんに矢継ぎ早に聞かれ、ぎゅっと唇を噛み締める那和さん。小さく握り締めた手がわなわなと震えていた。 「那和さん・・・・・」 静かにその上に手を重ねた。 「大丈夫だよ。多分だけどね。ありがとうマー」 気丈にも笑顔を見せる那和さん。表情は強張り今にも泣きそうになっていた。 那和さんがどんな思いで似顔絵作成に協力したか。彼と同じ経験をしたからこそ、辛い気持ちが痛いくらい伝わってきた。 本当は思い出したくもないのに、そっとしておいて欲しいのに、真沙哉さんと一日でも早く一緒に暮らす為ならと蜂谷さんと玉井さんに全面的に協力した。 僕も那和さんの手助けになればと、バスの待合所で出会ったおじいちゃんの事を包み隠さず全て話した。 「未知さん、那和さん、お二人の協力に感謝します」 蜂谷さんが深く頭を下げた。 「蜂谷さん、頭を上げて下さい。感謝しなきゃならないのは僕の方です。惣一郎さんや和江さんにお世話になりっぱなしで……子供達にもすごく優しくして貰って……感謝しても仕切れません」 「未知さん、親父やお袋は実の息子の私より、貴方や子供達が可愛くて仕方ないんですよ。那和さんや紗智さんも同じくらい可愛くて仕方ない」 「ちょっと待て‼」慌てて惣一郎さんが割り込んできた。 「余計な事は言わなくていいから。用が済んだらさっさと帰れ」 顔を赤らめ手でしっしと払う惣一郎さんに、蜂谷さんは笑いを必死で堪えていた。 あらもう帰るの?和江さんは寂しそうにしていたけれど、体を壊さないように、しっかりご飯を食べるのよ、最後は笑顔で蜂谷さん達を見送った。

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