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番外編 穏やかで愛おしい日々
「どうした未知?何か思い出したのか?」
うん、少しだけ。
「まぁな、橘は未知の親代わりだから」
「敵わない。そうでしょ」
「那和、それ以上言ったら………」
「はい、はい。もう分かったから行ってらっしゃい」
那和さんに笑顔で見送られ、廊下に出ると今度は紗智と鉢合わせになった。
「たいくんとここちゃん、ママがいなくなると必ず泣くから、俺もみてるよ」
「おぅ、悪いな」
那和さんも紗智さんもありがとう。頭を軽く下げた。
「くれぐれも橘に見付からないようにね」
「那和と同じことを言うな」
ちょっとだけ頬っぺたを膨らませた彼に手を引かれ、なるべく足音を立てないように静かにお風呂へ向かった。
階段をそろりそろりと下り、お風呂の前まで来たとき、彼が急に立ち止まった。険しい視線の先にいた人は………
「頼むから、風呂くらい一緒に入らせてくれ」
彼がこんなにもビクビクしている姿、初めて見るかも知れない。
いつも威風堂々としている彼。気に喰わないことがあっても若い衆に八つ当たりすることも威張ることない。
そんな優しさと雄々しさを兼ね合わせた彼が、まさか自分の夫だなんて、未だ信じられずにいた。
「何年一緒にいると思っているんですか?」
腕を前で組み仁王立ちで待ち構えていたのは橘さんだった。
彼が前に言ってた。橘には絶対に頭が上がらないって、未知の事になると人が変わるから一番怖いって。
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