862 / 3637

番外編 頑なな心をほぐすのは

悪いことが起きるのではないかと不安で不安で。 時計を気にしたり、着信がきてないかスマホを何度もチェックしていたら、 「さっきから時計とにらめっこしたり、スマホとにらめっこしたり………(せわ)しいですね」 橘さんに苦笑いされてしまった。 「何でか分からないけど胸騒ぎがするの。大丈夫かな?」 最悪の事態が脳裏を過った。 「鞠家さんや鷲崎さんがいるんです。きっと大丈夫です。そのうち連絡が来ると思いますよ」 不安を一掃するかのように笑顔で励まされた。 「あっ、ゆかりさんだ!」 紗智さんに遊んでもらいはしゃいでいた一太が、紙袋を携え部屋に入ってきた紫さんに真っ先に気付いてすくっと立ち上がった。 「ほんとだ。ゆかりしゃんだ」 はじめ遊ぶのに夢中になっていて気付かなかった遥香。一太に「ゆかりさんよ」そう言われてやっと気が付いたみいで、満面の笑みを浮かべた。 「おやつを持ってきたの。惣一郎さんと和江さんと一緒に食べてね」 「うん、ありがとう」 「ありがと」 小さな手で抱えるようによいしょと受け取ると早速中を覗き込んだ。 「アップルパイだ。いちたがすきなのだ」 「ハルちゃんもすき」 大好物を前に二人とも大喜びしていた。 「紫さん、ありがとうございます」頭を下げた。 「また寂しくなるわね」 紫さんが目頭をハンカチでそっと押さえた。 「あと半月の辛抱だろう」 度会さんが姿を現した。 「それはそうだけど……」 そこで言葉を濁らすと、 「そうよね。惣一郎さんと和江さんのことをおもうと寂しいなんて言ったらバチがあたるわね。未知さん、出来ることを精一杯してきなさい。それが親孝行になるから」 「はい」 紫さん、度会さんありがとう。 本当の娘のように優しく接してくれる二人の温かさに胸がいっぱいになった。

ともだちにシェアしよう!