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番外編 二人の母
その一言で何となく察した。
「遥琉さん……」
居ても立ってもいられず思わず声を掛けた。聞こえていないのか反応がなかったから、頬に手をそっと置いた。
「ねぇパパ」
ツンツンと服を引っ張り、一太が心配そうに見上げると、
「悪い。ごめんな」
ようやく気が付いてくれた。
千里さんの為なら命さえ惜しくない弾よけが何十人も警備をするなか、たった一人で千里さんを襲うなど正気の沙汰じゃない。目的を果たす前に取り押さえられ、警察に突き出される。
残される子供たちのことを思えば思い止まることも出来たかも知れないのに、それでも安井カオルさんは千里さんに刃を向けた。
「ごめんな未知。安井カオルを助けることが出来なかった」
目に涙を堪えて一太の頭を撫でてくれた。
「バーバは悪くない。千里も悪くない。守ろうとしたのに」
那和さんが悔しそうに声を震わせた。
「千里や秦さんは安井カオルを説得し自首をさせようとしていたが、何者かに撃たれた。邪魔になったから口を封じられたんだろう。さっき杉田駅で電車を下りたときに千里から、亡くなったと連絡があった」
彼が両手を広げ、遥香もおいで。手招きすると遥香がニコニコ笑いながら駆け寄ってきた。
「未知、一太、遥香、パパ、何があってもお前たちのことを絶対に守るからな。太惺も心望も紗智も那和もバーバが絶対に守るからな」
ギュッ、と優しく、そして力強く抱き締めてくれた。
「遥琉、ここまで来たらとことん付き合うぞ。なぁ、鳥飼、七海」
「あぁ」二人とも大きく頷いてくれた。
黄さんが鳥飼さんに何かを話し掛けた。
「え?ちょっと待て」
鳥飼さんがなぜか狼狽えていた。
「どうした?」
彼が怪訝そうに聞くと、
「何でもありません。すみません」
びくっと肩を震わせ慌てて頭を下げた。
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