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番外編俺の、愛おしい人
「シュゥァン チョン /ヂョン」ウーさんが鈴木さんを睨み付けながらボソと口にした。
「中国語が分からないのでごめんなさいね」
鈴木さんは笑っていたけど、手が微かにブルブルと震えていた。
それを彼や鞠家さんが見逃す訳などなく。
ウーさんが早口で話す中国語を鞠家さんが訳してくれた。
「俺は今まで素顔を晒したことはない。それなのになぜ顔を知っていた?」
ウーさんが鈴木さんの手からワゴンをすっと引き離した。
「麻薬《シャブ》漬けにされた挙げ句、双重………つまり、二重人格になった女………おぃ、待て」
鞠家さんの顔色が変わった。
「どうした?」
「ウーが言うには、コイツが本物の安井カオルだ」
「は?」
彼も驚き過ぎて唖然としていた。
安井カオルさんって誰?
首を傾げながら彼の服をツンツンと引っ張ると、
「話せば長くなる。あとでちゃんと説明する」
そう言いながら僕やおなかの子を守るため銃やナイフを隠し持っているかも知れないのに丸腰で彼女の前に立ち塞がった。
ウーさんが隙をついて鈴木さんの手首をガシッと掴むと袖を捲し上げた。骨と皮だけの腕には注射のあとだろうか。赤黒くポツリと何ヵ所も腫れ上がっていた。
「安井・・・・カオル?誰ですか?私は鈴木ですよ」
「惚けるな」
「惚けてないかいませんよ」
彼や鞠家さんにどんなに睨まれても、鈴木さんはまったく動じなかった。
そればかりじゃない。
馬鹿にするように嘲笑うと、ウーさんの手をやんわりと振り払い袖を直し、何事もなかったように病室をあとにした。
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