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番外編 俺の、愛おしい人

伊澤さんが盗聴器を外している間、若い男性が回診用のワゴンから素早く指紋を採取していた。 「ここは病院ですよ。静かにしてください!」 厚海先生のよく通る声が廊下から聞こえてきた。 それからしばらくしてガラリと扉が開いて先生と蜂谷さんが病室に入ってきた。 「未知さん、嫌な思いをさせてごめんなさいね。盗聴器や隠しカメラのことを聞いて耳を疑ったけど、本当だったね。ここにいるより自宅でゆっくり休んだ方がいいわ。すぐに帰る準備をして」 「すみません迷惑ばかり掛けてしまって」 「昨日から謝ってばかりね。あなたは悪くないんだから、いちいち謝る必要はないのよ」 紹介状在中と書かれた茶封筒を渡された。 蜂谷さんにはジッパー付きのビニール袋。中には髪の毛が一本だけ付いた黒いゴムが入っていた。 「言われてみればおかしいって思ったことが何回かあったのよ」 「安井カオルはウーと同じカメレオンだから、誰にだって化けられる。本物の鈴木さんを何としてでも探し出します」 「彼女は優秀なスタッフの一人です。病床に臥せる母親の看病と仕事を両立させて頑張っているんです。お願いします」 厚海先生が深々と頭を下げた。 「伊澤さん、そろそろ本庁から出向している連中が着きます。退出してください」 「おっ、分かった。蜂谷、絶対に無理はするなよ」 蜂谷さんにそう言うとビニール袋を受け取り、若い男性を連れてそそくさと病室を後にした。 「未知、俺らも帰るぞ。こども達と惣一郎さん達が首を長くして待っているから」 うん、大きく頷いた。 やっとうちに帰れる。ほっとして胸を撫で下ろした。

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