｢你不打我吗？(殴らないのか？)｣ 地竜さんが自嘲し静かに目を閉じた。 ｢出来る訳ないのに、なんでそう意地悪なことを聞くんだよ｣ 紗智さんの目には涙が溢れていた。 ｢優先生がいたから、地獄みたいな日々を生きてこれたのに。忘れたことは謝るから、許して……｣ 顔を両手で覆うとその場に泣き崩れた。 ｢紗智さんちょっと待ってね｣お腹が重くて立ち上がるのに苦労していたら、彼が駆け寄ってくれて。体を支えてくれた。 ｢ありがとう遥琉さん｣ ｢転んだりしたら大変だからな。紗智には那和がいるから大丈夫だ｣ その直後ーー ｢ディノンさん、さっちゃんをなかせちゃだめ！まりやさんにいいつけるよ！｣ ｢めだよ！｣ バタバタと一太と遥香が駆け込んできた。 ｢さっちゃん、だいじょうぶ？｣ ｢ななちゃんだいじょうぶ？｣ 紗智さんと那和さんに寄り添い頭をなでなでしながら声を掛けた。 遥香は爪先立ちで。 ｢泣かせてないよ。一太、ハルちゃん、ワンさんをほっといたらだめだろう｣ ｢ワンさんいるよ｣ 一太が廊下を指差した。 ｢まりしゃんも。あと、おもしろいおじちゃんも！｣ 遥香もおにいちゃんに負けじと小さな手を懸命に伸ばし廊下を指差した。 ｢見せもんじゃねぇぞ。紗智が可哀想だろう｣ 彼が眉を吊り上げ声を荒げた。 ｢遠くからでもいい。兄弟かも知れない二人を一目でいいから見たい。見せてくださいとワンに頭を下げられたんだ｣ 柚原さんが背後からぬっと姿を現した。