1205 / 3283

番外編 スペア

翌日。 妊婦検診を終え、警備担当の若い衆の負担を少しでも減らすため、そのまま真っ直ぐ根岸さんに会いに行った。僕はいつだって休めるけど、若い衆のみんなはそうはいかないもの。 根岸さんは、組の事務局長の他に㈱菱沼金融の副社長という肩書きを持っている。 「あ?払えねぇだぞ?ふざけんじゃねぇ‼」 廊下にまで根岸さんの怒鳴り声が響いていた。 「姐さんは根岸さんが怖くないんですか?」 足をガクガクさせ逃げ腰になっている若い衆に聞かれた。 「うん全然怖くないよ。だって根岸さん、すごく優しいから」 「姐さん限定です。俺らには一切手加減なしです。すぐ怒鳴るし、あれやこれやと手厳しいですし」 「根岸さんはみんなの事を思ってあえて厳しくしているって彼が言ってた。若い衆は組の将来を担う大事な宝。一人前に育て上げるのが古参の幹部の役目であり責務だって。今は大変かも知れないけど、いつかは実を結ぶはずだからみんな頑張って。僕もまだまだ半人前だから、一日でも早く一人前の姐さんになれるよう頑張るから」 「姐さんはもう一人前ですよ」 「俺らの大事な宝物だ」 若い衆が口々に言いながらドアを開けてくれた。 噎せるくらいキツい煙草の匂いがもうもうと立ち込めていた。 「何ぼぉーとしてんだ‼さっさと窓を開けろ‼全部だ‼換気扇を回せ‼受動喫煙は妊婦に良くねぇんだぞ‼換気だ!換気!」 スマホを握り締めたまま根岸さんが部下にて慌てて指示を飛ばした。 「妊婦検診、今日は随分と早く終わったんだな。逆子は直ったのか?」 伊澤さんが声を掛けてくれた。 「はい。恥ずかしいのか全然顔を見せてくれなくて」 「恥ずかしがりやは未知に似たんだよ。きっと」 根岸さんも伊澤さんも僕を実の孫のように可愛がってくれる。

ともだちにシェアしよう!