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番外編 スペア

「ちゃんと仕事しろ‼出来ねぇなら中国に強制送還するぞ‼」 根岸さんのドスの効いた怒鳴り声が響き渡った。 「たく、芫には困ったもんだ。ところかまわず弓削のケツを追い掛け回して。人目も憚らず真っ昼間から……」 額に手を置いてはぁ~と深いため息をついた。 「根岸さんごめんなさい。苦労ばかり掛けてしまって。龍一家に留まっていれば今頃若頭としてその手腕を遺憾なく発揮出来たのに・・・・」 「姐さんが謝ることじゃない」 「だって……」 「俺は一生オヤジと姐さんに付いていくって決めたんだ。後悔はしていない」 「俺もだ。マル暴のデカをしていた頃より毎日スリルがあってなかなか楽しいぞ。根岸や若い連中とこうして一緒に仕事をしているのもなかなか面白い」 伊澤さんがニヤリと笑った。 「姐さん、9は中国語でジウっていうらしい。ワンはオヤジと姐さんにとって9番目の子になるかならないかは本人次第だが、ワンよりはマシだろう」 「ジウ……?なんかカワイイ名前。ワンさん喜んでくれるかな」 「もし喜ばねぇかったら俺と伊澤であとでたっぷりと可愛がってやる」 「新入りでも根岸は手加減一切なしだからな」 くくくと二人して不敵な笑みを浮かべた。 まわりにいた若い衆の笑顔が一瞬で凍り付いたのはいうまでもない。 帰る前に一旦自宅に寄り、クローゼットからキャスター付きバックを引っ張り出し、太惺や心望を出産したときにみんなから頂いて結局使わなかったおくるみや新生児用の肌着やマタニティー用のパジャマなど、入院に必要なものを一通り詰め込んだ。 いつ帰れるか分からないから、ガスの元栓と戸締まりだけは何度も確認した。 どうしても通らないといけない組事務所の前をなるべく早歩きで素通りしようとしたら「未知」誰かに呼び止められた。

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