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番外編 スペア
「え………?」
一瞬目を疑った。
「呼び捨てにするな!未知さんか、卯月さんか、菱沼組の姐さんって呼べって言ってるだろう。何度も言わせるな!ごめんな未知」
僕に声を掛けた人は青空(そら)さんだった。後ろから秦さんがひょっこりと顔を出した。
「カレンの弁護士から未知に渡してくれって手紙を預かってきたんだ。郵送すれば手っ取り早いのに青空がどうしても未知に直接会って渡したいっての一点張りで。橘に聞いたら事務所にいるって聞いたからこっちに真っ直ぐに来た」
「僕にカレンさんが?なんで?」
罪を償い真人間になると決意した彼を決して疑うわけじゃないけど………
「さぁな。俺も分からない。それともうひとつ。地竜の右腕が弓削にえらくご執心だって耳にしてな。面を拝んでから度会に挨拶してから帰ろうかと思ってな」
「あの兄貴………温泉は?」
青空さんが心配そうな眼差しで秦さんの袖をつんつんと遠慮がちに引っ張った。
「温泉?」
「あぁ、市内に磐梯熱海温泉があるだろう?そこの旅館のペア一泊宿泊券が抽選で当たったんだよ。青空のヤツ、もう何日も前から楽しみにしていたんだ。青空だけ連れ行ったら他の舎弟に臍を曲げられるから、みんな連れてきた。たまには家族旅行もいいだろうと思ってな。青空は福島土産を彼氏に差し入れしたいらしい」
青空さんが頬を微かに赤くしていた。
一度狙った獲物は決して逃がさない。
冷酷で冷徹なスナイパーだったスカルさんはもうどこにもいなかった。
秦さんに無邪気に甘えるどこにでもごく普通の青年にしか見えなかった。
ジウさんもいつか僕や彼に甘えてくれるのかな?
早くそんな日が来ればいいのになぁ。
そんなことをふと思った。
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