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いつかこの思いが届きますように
『何の因果か、根岸の倅は福島にいる。市内にある温泉町にな。秦が青空を連れていった旅館に若い頃の根岸に似た従業員がいたそうだ。名前も根岸だ。ほぼ息子で間違いないだろう。未知さん、もうじき子供が産まれるんだ。遥琉や橘に任せて、自分の体を大事にしてくれ』
なんにでも首を突っ込みたがる僕の性分を知るお義父さんは心配でならなかったみたいだった。
「上総さん、私が未知さんの代わりに会ってきますから心配無用です。恐らく門前払いされ、話しもさせてもらえないでしょうから」
橘さんの声が頭上から聞こえてきて。ドキッとして上を見上げると、いつの間にか背後に橘さんが立っていたから驚いた。足音にも気付かないなんて。
『儂も本音を言うと根岸と倅に仲直りして欲しいと思っていたんだ。根岸だって自分の孫に会いたいはずだ。橘、頼むな』
「分かりました」
橘さんが答えると電話が切れた。
「弓削さんが未知さんの声を聞きたいそうです」
彼のスマホを渡された。
「なんでもいいですから話し掛けてあげてください。未知さんの励ましが生きる希望になります」
なんでもいいが一番困るんだけどな。
戸惑いつつもスマホを耳にあてると、
「う~~、ぐ~~」
弓削さんの声ではなく、苦しそうな低い唸り声が聞こえてきた。
「生き恥を晒すくらいなら死んだ方がましだと突然喚き散らして、舌を噛みきって死のうとしたそうです。ですからやむを得ず猿轡を口に」
「弓削さん死んじゃだめだよ。陽葵に会って欲しい。ウーさんと若先生の結婚式に出て欲しい。根岸さんと伊澤さんの結婚式にもゲストとして参列して欲しい。だから生きて。苦しくてしんどいけど絶対に負けちゃだめ」
弓削さんの心に届きますようにと祈りを込め、思いの丈をぶつけた。
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