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番外編 いつかこの思いが届きますように
「ほら、挨拶くらいしろ」
根岸さんに何度注意されてもその子はランドセルを背負ったまま茜色に染まる空を見上げていた。
「オヤジすみません」
根岸さんが平謝りしていた。
「役所に行って戸籍抄本を確認してきた。根岸の孫に間違いない。名前は奏でるに音で、かなたと呼ぶみたいだ。奏音が赤ん坊のときに両親は離婚しているらしい」
伊澤さんが代わりに説明してくれた。
「お互い初めて会うんだ。怒ったってしょうがねぇよ。朝から何も食っていないんだろう?お腹が空いているはずだ。飯にしようか?」
足が縫い止められたように微動だにしない奏音くんに痺れを切らした彼が声を掛けた。
「かなたくん、ゆかりさんのごはんおいしいよ」
「ままたんのごはんおいしいよ」
一太も遥香も彼と一緒に声を掛けてくれた。
ご飯というワードに奏音くんのお腹が反応しググ~~と派手に鳴った。
奏音くんが根岸さんを見上げ、ぼそっと何かを呟いた。
「昨日の朝から何も食べていない。そう言ってる。たく、うちのバカ息子は何をしているんだ。子供にひもじい思いをさせやがって」
根岸さんが悔しそうに唇を噛んだ。
「生活するだけで手一杯で子供の世話まで手が回らなかったんだよ。奏音、厄介になるんだ。卯月さんに挨拶しろ。それが最低限のマナーだ」
伊澤さんに言われびくっと背を震わすと、
「ねぎしかなた。ななさい」
ここに来て初めて声を聞かせてくれた。
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