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番外編 この思いが届きますように

「今日の昼、惣一郎のところに昼飯を食べに来た30代半ばの男がお前によく似ていたらしい。蜂谷の知り合いだって名乗ったが、惣一郎の目は節穴じゃねぇからな。すぐに嘘だと見抜き、問い詰めようとしたら梶山組の若い連中がペンションに押し掛けてきて、男は靴も履かず窓から飛び出したらしい。儂らちょうど岳温泉にいたから、帰りに惣一郎のペンションに寄り道して、これを預かってきた」 黒いスニーカーが入ったビニール袋を根岸さんに見せた。 「お前の孫に、父親の靴かと聞くのはちいと酷かも知れないな」 「奏音はそんなに柔じゃない」 「"かなた"っていうのか?」 「あぁ。奏でるに音でかなたって読ませるらしい」 度会さんからスニーカーを受け取った根岸さん。大事そうに両手で抱えた。 「伊澤、隠れていないで出てこい。いつから恥ずかしがり屋になったんだ?」 「根岸がすぐ焼きもちを妬くから、あんまり表に出ないって決めたんだ。裏方に徹するってな」 「お前も大変だな」 度会さんが苦笑いを浮かべた。 ちょうどその時奏音くんが泣きながら姿を現した。半分寝惚けているのか、ぼぉーとしてふらふらと足元がふらついていた。 「危ない」 ちょっとした段差に續き転びそうになった奏音くん。寸でのところで彼が抱き止めてくれた。 「かなたのパパは、かなたがわるいこだから、おばかさんだからかえってこないの?かなたがいいこにしていたらかえってくる?かなた、いらないこなの?」 泣き腫らした目を手で擦りながら、うわ言のように何度も繰り返した。 「奏音はいい子だ。お馬鹿さんじゃねぇぞ」 彼がにこりと微笑みながら奏音くんの頭を撫でた。 「気付いたらいなくなっていたから心配したぞ……良かった無事で」 奏音くんを探しに来た柚原さんもほっと胸を撫で下ろしていた。

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