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番外編 蜂谷さんの観察眼

「Uターン禁止だ。左車線に入れ」 助手席に座っていた蜂谷さんがバックミラーやサイドミラーを確認しながら運転手の壱東《いっとう》さんに的確に指示を飛ばした。 二本松市からK市に引っ越してまだ日が浅い蜂谷さんだけど、鋭い観察眼とずば抜けた記憶力で組事務所から半径十キロ圏内はすべて頭のなかにインプットしてあるみたいで、いちいちナビを見なくなくても国道や幹線道路、それに抜け道に一方通行の道、すべて記憶していた。 「オヤジ、少し遠回りになりますが」 「大丈夫だ」 「壱、この先を左折し、橋を渡れば右側に給食センターが見える。その先にある信号を左だ」 「分かりました」 ハンドルを握る壱東さんはタクシードライバー歴四十年のベテランだ。お祖父ちゃんや根岸さんや伊澤さんと三十年来の知り合いみたいで、定年退職になり、三人を頼り東京から福島に引っ越してきた。 「壱、初出勤日に危険な目に遭わせてすまない」 「茨木は命の恩人です。恩返しするために運転手に志願したんです」 力強く答えると壱東さんが左にウィンカーを出した。

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