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番外編哀しきひと

母乳のあげ方や量、へその乾き具合、黄疸が消えているか、先天性股間節脱臼があるか、心臓の雑音がないか、モロー反射の様子など診てもらい、ここ一週間、一日に四回から五回ゆるいうんちが出ていることを相談し、ビタミンKシロップを投与してもらった。 厚海さんは終始無表情だった。 その目はナイフのように鋭く、僕やウーさんの行動を監視しているように見えた。 「厚海さん」上澤先生に何度か名前を呼ばれ、「は、はい」慌てて返事をしていた。 まゆこさんがいつ本性を現すのか分からないから生きた心地がしなかった。びくびくしながら南先生と上澤先生の話しを聞いていた。 「姐さん遅くなりました」 弓削さんが息を切らしながら、大急ぎで戻ってきてくれた。 弓削さんの顔をちらっと一瞥すると厚海さんの表情が一瞬だけ強張った。舌打ちするようになにかを呟いた。 「邪魔くさいやっちゃ…か。悪かったな面倒くさいヤツで」 弓削さんは地獄耳だ。聞き逃す訳ない。 「上手く化けたつもりだろうが、奈梛は一目見てなっちゃんのママだ、そうはっきり言ったぞ」 厚海さんがどきっとし、キョロキョロと辺りを見回した。 「顔以外で子どもが意外と見ているのは手だ。これを見て、痛いの痛いの飛んでけーそう言ってくれた。とてもいい子だな」 黒革の手袋を嵌めた右手をじっと見つめた。

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