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番外編 哀しきひと

「あの人の手はカサカサじゃなく、白くてすべすべ。手が荒れるから水仕事を嫌がる。台所に立っている姿をほとんど見たことがない。指は宝石みたいにキラキラしていて、それをうっとりとして眺めている。奈梛がどんだけ泣いていても見て見ぬふり。ママと呼んでも無視。しまいにはうるさいと怒鳴り散らす。だから、奈梛はあまり泣かない子になった。笑わなくなった。あやみがそう話していたぞ。新しい家族に迎えられ、奈梛は笑うようになったし、たくさん泣くようになった。姐さんと自分を比べてもしょうがねぇんじゃないか?」 厚海さんは無表情のまま微動だにしなかった。 「本物の厚海さんをどこさやった?老々介護をしていた年老いた両親の面倒をみるために福島に戻ってきたんだぞ。まだ独り身だが、見合いをした相手が、両親と同居してもいいって言ってくれた。彼女は俺の天使だ。そりゃあ嬉しそうに話していたんだ。おめさん、いつまで黙ってんだ?」 上澤先生に聞かれ、ふふっと厚海さんが鼻で笑った。

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