2246 / 3283

番外編 若林さん

エントランスから外を見ると昆虫の羽音のような弱々しい音がアスファルトを濡らしていた。 「ママ、にじだ」 「あ、本当だね」 いままで見たこともないような立派な虹が街の空にかかっていた。 「姐さん、遥香さん、幼稚園バスが来ました」 警備にあたっていた若い衆たちが遥香が濡れないように傘を広げてくれた。 やがて幼稚園バスがエントランスの前にすっーと静かに滑り込んできた。 「いってきます」 遥香が笑顔で手を振りながらバスに乗り込んでいった。 「おじちゃんたち、みんないってくるね。バイバイ」 天使のようなその笑顔に、それまで小難しい表情を浮かべていた強面の黒服の男たちの顔がふっと緩んだ。 「遥香さんいってらっしゃい」 「いってらっしゃい」 幼稚園バスが見えなくなるまでみんな手を振り、それこそ総出で見送ってくれた。 「マー、ワカサン」 亜優さんに声を掛けられた。 「え?もう来たの?約束は確か九時のはずじゃあ」 十一時からオークポリマーで急遽打合せが入ったので、その前に寄りますと連絡があったのは朝七時過ぎだ。 「まだ八時前だよ。一時間も早いよ。でも待たせると悪いし」 亜優さんと急いで菱沼金融に向かった。

ともだちにシェアしよう!