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番外編 若林さん
「若い連中が共同生活をしているアパートがある。今住んでいるアパートを引き払い、そこでしばらく暮らしてみないか?」
「俺、人付き合いが苦手だし、空気が読めないし、あがり症だからがちがちに緊張すると全然喋れなくなるし、それに……」
若林さんが何かを言いたげな表情で彼を見つめた。
「責任者はヤスという男だ。面倒みが良くてみんなから兄貴と呼ばれて慕われている。菱沼組では同性同士の夫夫《ふうふ》が多い。だから誰もきみを偏見の目で見たりはしない。そこは安心していい。もし何か嫌なことを言われたらすぐに俺に言え。遠慮することはない」
不安な気持ちを一掃するかのように優しく微笑みかけると、それまで強張っていた若林さんの表情が少しだけ和らいだ。
彼から経緯を聞き、いてもたってもいられなくて覃さんに電話を掛けた。
「詳しいことはあとで説明します。覃さんお願いです。宋さんの連絡先を教えてください。若林さんを守れるのは宋さんしかいないんです」
ーよくは分からないが、ボスの愛人《アイレン》の頼みを無下に断ったら、ボスに殺される。書くものはあるか?ー
「ちょっと待ってください。用意しますから」
ランドセルの上に置きっぱなしになっていた一太の筆箱から鉛筆を借り、遥香がハートの形に折ってくれた折り紙をポケットから取り出した。
「一度きりしか言わないぞ」
「はい」覃さんが教えてくれた電話番号を折り紙の裏に書いた。
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