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番外編 彼と譲治さん

彼と根岸さんが同時にちらっと後ろを一瞥した。 「ま、あれだな……」 彼が膝をぽんと叩いた。 「あれ、何を話していたんだっけ?」 「あやまったな。俺も忘れた」 こみ上げてくる笑いを堪えながら、二人はあえて気付かないフリをして話しを続けた。 あと、少し。 ちいさいあんよなら五歩か、三歩。 手を伸ばせば指先が背中に触れるというところで、畳と畳の境目の、ほんの少しだけ凹んでいる縁のところにつまずき、フラフラと体が揺れ、転びそうになった。 しかも二人して。ほぼ同じタイミングで。 「太惺危ない!」 「心望ちゃん危ない!」 とっさに彼と根岸さんが後ろを振り返り、腕を伸ばし二人の脇の下に手を差し入れると、ひょいと軽々と抱き上げた。 「橘、大変だ。太惺と心望の爪が割れた。血が滲んでいる」 「だから言ったでしょう。きっとなんかしてないんですよ。二人が寝ているときしか爪を切れないんですから未知さんに甘えている暇があるなら爪を切ってくださいと、口を酸っぱくして頼みましたよね?」 「そ、そ、そうだっけ?」 「そうですよ」 きっとしてないとは福島の方言で落ち着かないとか、そんな意味みたい。 「こんなこともあるかと思い爪切りを持って来て良かったです。根岸さん、手伝ってください」 「俺?」 「あと誰がいるんですか。逃げないようにちゃんと捕まえててくださいね」 「は、はい。分かりました」 根岸さんも橘さんが相手だとどうも調子が狂うみたい。

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