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番外編 願掛け

「……だ」 耳元で小声で何かを囁かれた。 「遥琉さん、ごめんなさい。よく聞き取れなかったからもう一回言ってほしい」 「これは罠だ。そう言ったんだ」 「えっ?」 一瞬、耳を疑った。何かの聞き間違いじゃないか、彼を見ると、さっきまでとはうって変わり険しい表情になっていた。 「未知も知っている通り俺は表向きカタギで会社経営者として駅前大通り商店街振興組合と青年会議所に名を連ねている。ホームページを見れば顔が分かるのに、地竜らが会いに行った男は俺の顔を知らないと言っている。絶対におかしいだろ?」 「確かに」 「地竜は俺の身代わりとなってソイツが一体何者かを探るために根岸と伊澤と待ち合わせ場所である駅前の大衆酒場に向かったんだ。危険は百も承知だ」 「その人、王さんじゃないよね?」 何とも知れない恐怖を感じた。 「どうしてそう思った?」 「湯山さんに裏切られて若井さんに逮捕されそうになり逃げ出したとか。だって警察が嫌いなら、元刑事が何人もいる菱沼組に助けを求めない。普通は顔も見たくないし、関わりたくないはずだよ」 「好きな人の髪を守袋に入れ、願掛けのつもりで持ち歩きたい。だから未知の髪を手に入れるためにさっきドライヤーをかけたんだよ。未知に言わなかったのはただ単に照れくさいのと、余計な心配をかけたくなかったからだ。未知は心配症だから、何も手につかなくなるのが目に見える、地竜なりに気を遣ったみたいだ。そう言う地竜のほうが案外未知より心配症かもな。こうしていると落ち着く。何もしないから、悪戯しないから、少しだけ、ほんの少しでいいから俺の腕のなかにいてくれ」 「あ、でも、重くない?」 「ぜんぜん重くないよ」 腰に両方の腕が回ってきて。ぎゅっと抱き締められた。

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