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番外編 男の約束

【祝・第20回さくら湖マラソン大会】と大きく書かれた横断幕が掲げられたスタート地点。親子の部は一番最初の競技だ。 「ママ、にいにたちいた」 遥香と幸ちゃんがパソコンのモニター画面越しに一太たち、小学生仲良し四人組の姿を見付けてそれはもう大騒ぎだった。 一太は地竜さん、奏音くんは根岸さん、めぐみちゃんは信孝さん、優輝くんは佐治さんと一緒に走る予定になっている。地竜さんはぼさぼさの髪に野暮ったい黒縁眼鏡を掛けていた。黒竜の襲撃を受けて多くの死傷者を出し、甚大な被害が出たN総合病院の非常勤医師だということもあり、地元のテレビ局と新聞記者から取材を受けていた。県民の皆様の温かいご支援に感謝します。スタッフ一同N総合病院の一日でも早い診療再開に全力を挙げる所存でございますので引き続きご支援をお願いしますと爽やかな笑顔で答えていた。 「こうして見るとどこにでもいる、ごく普通の若いお医者さんにしか見えないんですけどね。平々凡々の人生を捨ててまで、なぜわざわざ茨の人生を選んだんだのでしょうね」 橘さんが感慨無量といった面持ちでモニター画面を見つめた。 「俺を忘れたとは言わせない。冥土の土産に教えてやろうか。俺が何者なのか?」そう言って紫竜さんは義夫さんの胸にナイフを突き立てた。そのナイフの柄は鹿の角で作られたものでイニシャルが刻んであった。それを見た瞬間、義夫さんが目を見張り、呻き声をあげながら人工呼吸器を外そうと懸命に手を伸ばした。

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