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番外編 おかえり
「寺嶋さんつかぬことを聞きますが、あの野郎ってもしかして……」
「娘の元夫だ」
悔しさを滲ませて唇を噛み締める男性。
「お互い納得して別れたのに娘にしつこくつきまとっていたんです」
ボーンボーンと柱時計が九回鳴った。
「あら、やだ。もうこんな時間なの?あなたそろそろ行かないと」
「分かってる。分かってるけど……」
後ろ髪を引かれる思いであちこちまわりをキョロキョロと見回す男性。
「またここに戻ってくるように荷物を預かりますか?」
「あ、でも、帰りの足が……」
「送っていきますのでご近所のかたにそう伝えてください」
蜂谷さんがすぐに手を上げてくれた。
「ご厚意は嬉しいんですけど、ねぇ、あなた」
申し訳なさそうに顔を見合わせる二人。
「青空は温泉が大好きなんですよ。魚のいる温泉にに入りたいと言ってました。本当は鯖児湯なんですけどね」
魚のいる温泉と聞いて驚く二人。堰を切ったように涙が次から次に溢れた。
ひとしきり泣いて、鯖児湯は飯坂温泉にある共同浴場で、十五年前、孫を連れて毎日のように通ったんだと話してくれた。昔を思い出してまた涙が止まらなくなってしまった。
「だから青空が魚のいる温泉と言ってたんですね。なんで温泉に魚がいるのかずっと不思議だったんです」
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