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番外編 おかえり
「おやっさん、茨木さん手合わせをお願いします」
緊張した面持ちで朝稽古をしていたお祖父ちゃんと伊澤さんに声を掛ける国井さん。声を掛けるか否かでずっと悩んでいた国井さんの背中を押したのは鞠家さんだった。
「いつ帰ってきたんだ?」
「昨夜の十時前です」
「良かった無事で。肝を冷やしたぞ」
「心配を掛けてすみません」
国井さんが軽く頭を下げた。
竹刀をお祖父ちゃんから渡されて伊澤さんと静かに向き合う国井さん。
「まさかおやっさんが竹刀を握る姿を見れるなんて。感動で胸がいっぱいです」
目をきらきらと輝かせた。
「頼むからあんまり熱い視線を送らんでくれ。根岸が焼きもちを妬くだろう」
「おやっさん新婚ですもんね」
「そういうお前もだろ。チカとちゃんと連絡を取ってるのか?」
「はい。これから来ます」
「は?これから?」
寝耳に水だったのか思わず間の抜けた声を出す伊澤さん。その隙をついて竹刀を振り下ろす国井さん。伊澤さんは反射的にすっと体を右にずらして避けた。
「さすがです」
「不意打ちは反則だろう」
「すみません」国井さんはとても嬉しそうだった。
「縣一家でこれからも会えるんだ。いつでも来たらいい」
「おやっさんが近くにいる。これほど心強いことはありません」
嬉しくてたまらないという顔でお祖父ちゃんと伊澤さんに稽古をつけてもらう国井さん。彼と鞠家さんと、ちょっとだけ表情が険しい根岸さんと縁側に並んで立ってそんな三人を眺めていた。
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