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番外編 おかえり

「始末しろと言った覚えはない。部下が勝手にしたことだ。俺には関係ない。あの人の常套句だ。礼にもまさか同じことを言われるとは思わなかった。さすがは似た者同士。この父にしてこの子ありだな」 組事務所から来るなり吉崎さんが深いため息をついていた。 「ナオには会えない、何回言っても聞く耳すら持たない。営業妨害で訴えるぞと言ったら、訴えたければ好きにしろ。でも困るのは違法な貸金業をしているお前らのほうだろうとふんずりかえって開き直った」 「さすがのお前でも手に負えなかったか」 「鞠家もどう対応していいか考えあぐねていた」 礼さんは吉崎さんが引き留めるのも聞かず湯野へと向かった。今騒ぎを起こせば家名に傷がつくだけ。ことを荒立てるだけ。大人しくしていればいいものを、そんなことを彼が漏らしていた。 「そういえば信孝は?」 「あれだけ一方的に好き放題言われて、馬鹿にされても信孝は手をあげなかった。礼の挑発には一切乗らなかった。さすがは社長だ。礼とは器が違う」 吉崎さんにべた褒めされて、信孝さんはいまごろくしゃみをしているかも知れない。 「耐えられないくらい不愉快だった」 信孝さんは広げた手をじっと見つめていた。爪が食い込むほど強く握り締めていたのだろう。赤くなっていた。 「この手はナオと子どもたちを抱き締めるためにある。人を殴る手ではない。オヤジと茨木さんの言葉を思い出して我慢した」 「信孝さんごめんなさい。僕のせいで」 「何でナオが謝るんだ。約束を反故にした礼が一番悪いんだ。謝ることはない」 震えるナオさんの肩をそっと抱き締める信孝さん。

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