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【怖さを乗り越える為に必要なものは勇ましさではないのかもしれない】ぼーま

おじさんの離れの電気は、まだ白熱球なんだ‥‥。 布団の上にちらちらしてる影を追えば、くすんだ白い円錐形の傘にぶつかりながら飛んでる蛾の姿が、蚊帳越しに見える。 暗くなる前、本家であるおじさんのお父さんは、俺がおじさんを手伝って吊った蚊帳を確認して直ぐに母屋の宴会場に戻っていった。 腰の痛い大叔父さんと幼稚園児のいる叔母さん家族は、食事だけして部屋を出た。 ついでみたいにして離れで独りで暮らす母さんの弟のおじさんと俺も部屋を出て。 今も宴会場は本家の兄弟とその家族が賑やかにやってるんだろう。 よくやるな、と思う。 正月は本家だけで過ごす癖に、お盆は親戚一同を集めて大宴会、毎年、まいとし。 ‥‥そっか。まだ、白熱球なのか。 部活で忙しかった中学の三年の間。 夏休みが丸々潰れるだなんて思ってもいなかった三年の間。 従兄弟の数とか、大婆ちゃんの入退院とか。 本家に来られなかったその間に物凄くいろんな事が変わってしまったような気がしていたけども。 でも、変わったものなんて、実はあんまり無いのかもしれない。 この気持ちがだいたいそうだ。 小さい時、お気に入りだった恐竜のフィギュアと一緒にその頃中学生だったおじさんの蚊帳に入れてもらったのが、初めて、で。 蚊帳が秘密基地みたいで嬉しくて、母さんに頼んでお盆の度におじさんの離れに何日かずつ泊まらせてもらってた。 何を話したかなんて覚えてないけど兎に角いっぱい喋って、おじさんの匂いが気持ちよくて、おじさんが笑うと俺も嬉しくて。 おじさんを、いっぱい笑わせたかった。 おじさんに笑ってもらえる為だと思えば、どんな事だって頑張れた。 ‥‥おじさんだって悪いんだ。 頻繁に家に来るから。 市が隣だからって、高校の帰り、とか、仕事のついで、とか、野菜を持ってきた、とか。 月に一度は来てたんじゃないかと思う。 「翔太はいる?」っていう玄関の声とか、廊下の俺をリビングから呼ぶ笑顔とか‥‥ 会えば会う程もっと会いたくなるのはしょうがないだろう? 中学一年、だったっけ。 夜だった。部活終わって疲れて帰ってきたらおじさんが居て。 頑張ってるなって頭を撫でられた。 大きな掌と、筋肉のついた腕と、細めた目と、匂いと。 あの夜。 初めておじさんで抜いた夜。 あの時も、あの時を思い出してる今も、泣きたいような気持になるのは‥‥。 「ふぅ‥‥」 大きく息をつく。 もう決めたんだ。 今日が最後になってもいい、って。 勉強が忙しくなるからもう会えないって言い訳は、高一の今しか使えないから。 ‥‥風呂、最後に一緒に入っとけば良かったかな。 そしたらおじさんの背中流したり出来たのに。 でも、しなきゃいけない支度もあったし。 もっと歳をとったらこの気持ちも落ち着いて、一緒に風呂に入れる日が来るかな‥‥。 風呂前に、おじさんがパジャマにって貸してくれた甚平。 パンツの丈が短い。 おじさんの中では、俺はまだ子供、なんだろうか。 枕元の煙草の箱と灰皿を手に取る。 おじさんの、煙草。 布団で吸わせないでって母さんが俺にいつも言う。 小さい頃から見てきたおじさんの煙草。 ‥‥‥‥。 ‥‥吸って、みようかな。 おじさんが悪いんだ。 風呂からあがってこないから。 待ち過ぎて頭も呆ける。 ‥‥おじさんの口が咥える、煙草。 箱から一本出す。 口に挟んで火を点ける。 ちょっとだけ吸う‥‥ちょっとだけ‥‥ ! なんだこれ、苦い! ベロが痛い! 慌てて口の中の煙を吐き出す。 手で顔の前の煙を追い払って。 指の煙草を見つめてから、煙草を持ったままの手で剥き出しの膝を抱えた。 俺の指に挟んだおじさんの煙草から、煙がゆっくりと上っていく。 口の中が痛い。 痛くていいんだ。 だって、これからもっと、心が痛くなるんだから‥‥‥‥ 「あ、翔太! 何やってんのお前!」 体がびくっとする。 おじさん! 甚平姿のおじさんが蚊帳の端をめくって中に入ってきた。 枕元をちらっと見て、布団の上の灰皿を取る。 それから俺の前に片膝で座って、俺の手の煙草を取り上げて。 「三年泊まりに来なかった裏で何やってたんだか。悪い事覚えるんじゃないよ、まったく‥‥」 自分の口に咥えた。 あ、関節キス‥‥ ‥‥胸がズキリと痛む。 この人ともう会わないようにする、なんて、俺に出来るだろうか。 怖い。 でも、しなくちゃ。 この苦しい思いが今よりも大きくなる前に。 「これから色んな事覚えてくんだもん。いいじゃん。」 「高校生が何言ってる。脳がやられるの。」 「いいの! 大人になるの!」 「はいはい、翔太は大きくなったよ。」 おじさんが灰皿で煙草の火を消す。 そうだ。大人になるんだ。 この思いが今よりも大きくなったら‥‥、それを考えると怖いから。 「‥‥ねえおじさん、試してみたい事があるんだ。手伝ってくれる?」 「今?」 「うん。今。」 今の思いを潰すのだって、怖い。 だから最後に、一つだけ、強い思い出が欲しい。 立ち上がって、蚊帳の隅に入れておいた旅行鞄に向かう。 ドラッグストアの袋を取り出して、おじさんの正面に座る。 「学校でさ、ほら、俺達思春期の健全な男じゃん? ‥‥エロい話の中でさ‥‥」 おじさんは立てた膝に頬杖をついて、黙って俺を見ている。 「男もケツでイけるらしいって話になってさ。‥‥夏休みの間にそれぞれで試そうぜって話になってさ‥‥」 下を向いて、喋りながら袋から取り出す、ゴム、ローション、箱ティッシュ、ウェットティッシュ、タオル。 「だけどケツに指とか入れるのって不安じゃん? おじさんにやってもらえたらな、って‥‥」 嘘だ。 学校でするエロ話なんて、どのグラビアアイドルのおっぱいが好みかとかそんな話ばっかりだ。 馬鹿話の延長っぽく軽く喋れただろうか? 呆れられたらここで終わりだ。 怖い。 ‥‥視線だけ上に向けておじさんを見る。 おじさんは頬杖のまま笑っていた。 「いいよ。俺の指をお前のケツん中に入れてやる。‥‥ビビってデカい声出すなよ。」 「出さないよ! 出さないけど‥‥そーっとやって。」 「弱虫ー。変わんないなぁ、そういうところ。」 煙草と灰皿を畳の上に移すと、おじさんは俺に向かって距離を詰める。 反射的に仰け反る俺の背中に腕を入れて、おじさんは俺を寝かせた。 ‥‥話に乗ってくれてよかった。 ‥‥こんなことさせてごめん。 ‥‥もっといっぱい触って。 頭の中がグルグルする。 「自分で脱ぐ?」 「‥‥おじさんが脱がして。」 「‥‥分かった。」 パンツと下着が下ろされて。 おじさんの手が太腿を鼠蹊部に向かって擦る。 腰から肩に向けて震えが走った。 「興奮してんのか、若いな。」 引いた? でもおじさんの手は止まらない。 自分のが張り詰めてるのが分かる。 見て欲しいんだ。見られて嬉しいんだ。 おじさんにだけ、おじさんにだけ。 腰の下にタオルを入れて俺から離れたおじさんの手が、ローションのキャップにかかる。 慌てて上半身を起こした。 「おじさん! 待って、ゴム着けてよ。」 「何で?」 「だって、指、汚れる‥‥」 「ばーか。お前んのは寝小便の始末までしてんの。今更気にするかよ。」 ローションの容器でおでこをつつかれて、もう一度横になった。 おじさんは優しく笑っている。 ‥‥でも、すごく真面目な目をしてる。 ごめん、おじさん。最後だから。 おじさんの手が俺の両膝にかかって、膝が胸へと折り畳まれる。 おじさんがローションを布団に置いた。 ローションの絡まったおじさんの指が、俺の両脚の間へと隠れていく。 「ここだな。」 おじさんの指先が当たる。 ネットで見た通りに、いきむように力を掛けた。 入ってくる。 俺の中に、おじさんの体の一部が。 もの凄い違和感。 そしてそれを上回る、物凄く満たされる気持ち。 ‥‥もう、いい。 もう充分だ。 この思い出だけでおじさんを諦められる‥‥ 「ありがと。もういいよ、おじさん。」 体を起こそうとしたら、肩を押し戻された。 おじさんの顔を見る。 おじさんは笑っていなかった。 「まだ指先だけだ。俺の中指、お前の中に全部埋めるよ。」 胸がぎゅっとする。 そこまでしようとしてくれるおじさんの優しさが、嬉しくて、頼もしくて。 俺の知ってるおじさんがそこにいて。 そして申し訳なくて。 「体、力入ってる。力抜いて、ゆっくり呼吸して。‥‥目、つむってな。」 頷いて、顔を天井に向けて目を閉じた。 入れたり抜いたりを繰り返しながら、おじさんの長い指が俺の中を進んでいく。 奥へ、奥へ。 俺すらも知らない俺の深い所へ。 俺、おじさんと繋がったんだ。 そう思ったら涙がこぼれた。 「痛い?」 目を開けておじさんを見る。 汗、かいてる‥‥。 俺が黙って首を横に振ると、おじさんは一つだけ頷いた。 「いいよ。俺を見てて。」 蚊帳越しの夜風に逆らうようなおでこの汗の艶めき。 自分の指と俺の顔を忙しなく行き来する視線。 小さい頃から見慣れた白熱球色の蚊帳。 ‥‥全部。 全部、俺の胸に閉じ込める。 「‥‥入った。俺の指、付け根まで全部。」 おじさんが微笑んだ。 「翔太の中、熱いな。ぬらぬらしてる。」 視線が絡まると、俺の目から涙が吹き出した。 全身を駆け巡る嬉しさと。 強烈な思い出が出来た事への安堵と。 これが最後という悲しさと。 鼻をすすりながらしゃくりあげる。 おじさんが指を揺らすのを感じて、思わず締め付ける。 おじさんは緩く指を動かしながら、俺が泣くままにさせてくれた。 そして、しばらくして。 「そろそろ抜くよ。今までで一番力抜いてな。」 涙を右腕で拭って、おじさんを見た。 また、真剣な目。 頷いて、体のすべてをおじさんに任せる。 ゆっくりとおじさんの指が抜けていく分だけ俺の体にゾクゾクが溜まって、思わず肩を竦める。 「あともうちょっと。‥‥抜くよ。」 おじさんの指が俺から離れて。 ‥‥俺の心の栓が抜ける感じがした。 これで、おしまい。 後は勉強が忙しいって言い訳をして、もう会わないって伝える。 この思いに終止符を打つんだ。 頑張れ、俺! 視界の隅に、おじさんがウェットティッシュで手を拭いているのが映った。 重い体を起こして、俯いた顔のままタオルの上に座る。 「おじさん、ありが‥‥」 顔を上げてびっくりした。 おじさんの顔が俺の顔にくっ付きそうな位近くにあった。 「なにか俺に言いたい事あるよね、翔太。」 え、なに!? 頭が真っ白になる。 何だっけ!? 俺の言いたい事、何だっけ!? 脇と腰の後ろに回された手に導かれて、おじさんの胡坐を跨ぐ様に座る。 俺の体から離れたおじさんの手は、俺の両頬を挟んだ。 「関係が切れる事を怖がってた自分が馬鹿みたいだね。こんな夜は夢にも想像しなかったよ。」 「え、なに‥‥」 「まったく、バレバレの嘘まで吐いて。お前が大人になったらいつか‥‥なんて、とんだ待ちぼうけだ。」 おじさんの鼻と俺の鼻がくっ付きそうだ! 「風呂場で抜いてきてよかった‥‥。ねえ、してる時、なんで泣いたの? 言って、翔太。」 「え、え?」 「俺の気持ちは、俺の指でお前に伝えた。‥‥ズルいか。でも、」 くっ付いてる! 鼻! 「翔太の気持ちを翔太の言葉で聴きたい。‥‥言って。」 ‥‥俺は。 手放さなくていいの? 諦めなくていいの? 伝えても‥‥いいの? 鼻をおじさんの鼻から引き剥がして、腕をおじさんの首に回す。 おじさんの頭を抱え込んで。 おじさんの左耳の側で、小さく‥‥小さく、呟く。 「おじさん‥‥‥‥‥‥‥‥、すき。」 初めてのキスはなんだか熱くて、もう一度、泣いた。 fin.

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