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第5話
「久しぶり。トラ。これからよろしく。
工事と研修、セミナーとかあって昨日の引っ越し、手伝いに行けなくてごめんね。」
優しい笑顔で笑うその人は昔と全然変わらない。
真新しいテーブルと椅子。
真っ白な壁紙。
鮮やかな観葉植物。
ホッとする雰囲気の店。
今日からここが俺の職場。
「トラ。本当にうちに就職で良かったの?」
「え?」
「昨日のセミナーでトラと同じ専門の人に会ったんだよ。そこで、トラが主席で賞を沢山取るような天才だったって聞いて……」
「や。別に天才ではない。」
「言ってくれれば良かったのに……」
「なんか自慢みたいで恥ずかしいじゃん。」
「今更だけどトラにはもっと良い職場があったんじゃないのか?
賞を貰ってたなら推薦の話とか……」
段々、声が小さくなる律。
一応、主席。確かに勿体ない位の推薦もいくつかあった。でも俺が今まで頑張ってきたのは、老舗のパン屋、有名なケーキ店、ホテルで働く為じゃない。
「俺、律のお父さんみたいな地元で愛されるパン職人になりたいんだ。お客さんの反応が見える距離で……しかも製菓も好きだし、コーヒー中毒だから、嬉しすぎる職場だよ。
一から店を作る律は格好良いと思うし俺も楽しみ。一緒に頑張ろうね。店長!」
そう伝えると律はやっと笑ってくれた。
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