20 / 33
第20話
ーー イーノ side ーー
翠珠街からは徒歩で森の入り口まで行く。入り口の結界石にリーフ様が血を垂らし、何やら紋様を描く。その真ん中におれの血を垂らすと、紋様がチカチカっと光って消えた。
血も紋様も綺麗さっぱり!!
「私の庇護を受ける者として登録したので、イーノは碧翠郷に入る事ができるようになった」
「えっ!? こんなに簡単に?」
「庇護者が全面的に責任を負う契約魔法だ。エスグリはこの契約魔法の実験体として郷に入り、庇護者もエスグリも、二度と郷に入る事ができない」
「えぇっ!? そんな!!」
「元々、禁忌に触れた者への罰として行われた実験だ。問題ない」
「禁忌に触れた……?」
「彼の者は世界樹の根を傷つけたのだ」
他の場所ももちろん傷つけてはいけないのだけど、根は特に傷つけてはいけないそうだ。
「世界樹は祈りを捧げると枝や葉を自ら切り離して分けてくれる。それなのに勝手に傷つけるのは決して許される事ではない」
そりゃそうだろう。
お願いしたら分けてくれるのに無理やり取るなんて。しかも身体の一部だし、大切な根っこだし!!
「だから、エスグリは良い仕事をしたのだ」
「そうなんですか……? でも良い仕事をして出入り禁止なんて……」
「1度だけで良いから碧翠郷に行ってみたいと言ったんだ。あいつの希望は叶った。そして罪を犯したエルフには罰が与えられ、結界の性能強化の実証もできた。良い事づくめだ」
うーん……?
まぁ、後悔してそうもなかったから大丈夫なのかな? エスグリさんに会ったら……、と思ったけど何もできないからそっとしておこう。
結界石の脇を通ると薄い布に全身を撫でられるような感触があった。拒絶されるとこの布がどうやっても破れず、力尽くで通ろうとすると弾き飛ばされると言う。
……ちょっと見てみたい。
それはともかく、森に入ると木々が避けて道ができて行く。魔獣が襲って来る気配はない。ただ時々、蔓植物が懐いて来るのが擽ったいだけだ。
「魔獣はいないんですか?」
「森の奥にいるよ。この辺には小動物くらいだ」
がさがさがさっ!
「ひっ!!」
「イーノ、下がって!!」
この辺に魔獣はいないって言ったのに!!
ーー リーフ side ーー
厄介な奴が……!
猩々は魔獣だが精霊に近く、魔獣除けが効かない。見た目は大型の猿で、知能が高く、素早くて悪戯好きだ。
しかも物理系状態異常無効の毛皮があるので敏捷性や筋力を下げることもままならない。
まずは私とイーノの敏捷性を上げ、濡れるのを嫌がる猩々に水弾で弾幕を貼る。
「キーキッキッ!」
余裕で躱して馬鹿にする。
高く飛び上がり、枝から枝へ飛び移って私達の周りを回る。後ろからの攻撃に備えて結界を強化した。
「あぁっ!!」
「どうした!?」
声に振り返れば上から落ちてきた熟れた果実が、イーノの頭にぶつかって潰れていた。この香蜜桃は浄化魔法が効かず、特定の薬草で洗浄して湯で流さねば匂いが落ちない。
そしてこの甘い匂いを好む雑食蟻。知能が低すぎる昆虫系魔獣にも魔獣除けは効かない……。
私は大急ぎで水溜りを作り、火球を投げ込んで濃密な霧を発生させた。これで猩々は追いかけて来ない。……他に誰かいると迷惑をかける可能性もあるが、緊急事態だから仕方ない。
イーノを齧らせる訳にはいかない!!
身体強化をして森を駆け抜けた。
「大丈夫か?」
「は、はい……、大丈夫です……」
「目が回ったのか? すまない!」
「とんでもない! 足手まといなおれを守って下さったのに、謝らないで下さい」
そうは言われても大切なイーノを苦しめてしまうなんて、己の未熟さに腹が立つ。
「その、それよりも何だか……、身体が熱くて……」
「なに……? その実に毒性はなかった筈だが……」
脈拍、体温、呼気など確認していたら、下半身の昂りに気付いてしまった。発情しているのか?
「この果実の……、汁が、口に入って……、何だか……」
まだ何か仕掛けていたのか?
急いで長に会わなくては!
私はイーノを連れて|郷長《さとおさ》の館に急いだ。
「リーフ、よく来たな」
「長! 挨拶は後でいたします! まずは我が愛し子を診て下さい!!」
「香蜜桃の実は早く洗ってやりなさい。……なぜ発情しているのだ?」
「猩々が何やら仕掛けたようなのですが」
説明すると長は笑い出し、解決策を提示してくれた。
おそらく原因は猿酒で、最近、|春告葛《はるつげかずら》の汁と|回春桃《かいしゅんとう》の入った物が見つかったらしい。ボス猿がより多くの子を成すのに都合が良いのだろう。
それを猩々が手に入れ、悪戯に使ったのだろう、との見立てだった。
解決策は数回、精を吐き出させる事。
生殖行動を促すものだからそうなるのか。
不安げなイーノを連れて郷の家に帰った。
ともだちにシェアしよう!