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第27話
ーー リーフ side ーー
イーノが自分はちゃんと家でおとなしくしているから、と言うので今日も猩々を追い払いに来た。
そして今までと同じように追い詰めたのだが、動けなくなったところに近づいた私の匂いを嗅ぎ、衝撃を受けた様子を見せた。
一体、何に驚いているのだろう?
私に顔を向け、しきりと鼻をひくつかせる大猿。
「何をしたんだ?」
「香でも焚いたの?」
「変なもの食べた?」
姉やピュロンの質問に明確な答えなど持ち合わせていない。
麻痺させて動けなくなった猩々を、郷の者がよく使う範囲の外まで引き摺って行った。
我々が離れるとゆっくりと起き上がり、よろよろと歩み去る。魔術と薬の両方を使っているのに、あの程度には麻痺が治っているのか……。なんとも厄介な。
だがこの日から猩々の縄張りが主張される事はなくなった。
ーー イーノ side ーー
「不思議ですね」
「何かがっかりしたように見えたが、猩々の生態はよく分かっていないので判らないままだ」
そろそろ銀芙蓉が咲く頃なので、夜営の準備をしてリーフ様と2人で郷を出た。
タネツケカズラがあった場所を避けて通り、危険な動植物に警戒しながら進む。それにしても、タネツケカズラがエルフを襲わないのはなんでだろう?
「おそらくだが、魔力を多く持つ者は苗床として不向きなのだろう」
「あぁ、魔力を感知してるのなら、おれが襲われたのも納得ですね」
「推測だ。だが、今、イーノの服には魔力を付与した魔石を散りばめてある。これで襲われなければ、私の仮説が正しい事になる」
リーフ様、かっこいい!!
魔石は高いから駆け出しだと沢山の魔石を購入できないだろうな。でも下着に仕込めば役に立つかも知れない。帰りには近くを通って試してみようと提案した。
「まだ何も検証していないのだぞ。危険だ」
「ないと思いますが、もしリーフ様の仮説が外れていたらご迷惑おかけしちゃいますもんね」
「……………………」
「リーフ様?」
「帰りはあの場所を通ろう」
やった!
リーフ様の仮説をおれが実証できるんだ!
役に立てると良いなぁ。
ーー リーフ side ーー
まったく、イーノは危機感が足りない。
私への信頼が絶大なのは嬉しいが、命の危険に晒されたというのに……。だが、念のため鉗子も塗り薬も持ってきているし、また植え付けられてもすぐに対処ができる。
だから帰りにはあの場所の近くで夜営の準備をしよう。
検証実験であるから、失敗は期待していない。決して。
「イーノ!!」
「え?」
銀芙蓉までの道の唯一の難所である切り立った崖。そこをするすると降りてきた猩々に、2人まとめて抱えられて大樹の上に運ばれた。
くんくんくんくん
しきりに匂いを嗅がれる。
危害を加える様子が見られないので、しばらくされるがままになっていたが、やがて猩々はガッカリとした様子でどこかへ去って行った。
「……匂いが気に入らなかった、のでしょうか?」
言われてみれば昨日も私の下半身の匂いを嗅いでいたようにも思える。もしかして、イーノを見初めていたのなら私との行為の残り香から関係を理解して、諦めたのかも知れない。
純潔が好みなのか?
追加の匂い付けが必要か?
「それはともかく、脅威が去ったことを良しとしよう。今夜の夜営はあの洞だ」
1人ならばもう1つ先の洞まで行くが、イーノを背負って進むには不安がある。絶壁の途中にいくつか掘られた夜営用の横穴は、熟練度によって選べるように距離が変えてあるので、今回は初心者用の洞を目指す。
イーノを背負い、ベルトで固定して身体強化の魔法をかけ、更に風魔法で鉤爪付きロープを目標のフックに引っ掛ける。
「行くぞ。しっかり掴まれ」
「はいっ!!」
ロープを頼りに崖に飛び移り、せっせと登る。鉤爪の所まで登ったら休憩をし、また上に鉤爪を投げて登るを繰り返して、3刻ほどで目的の洞に着いた。
「今日はここで休む。大丈夫か?」
「ふぁい……、き、緊張して……、身体が……」
私の背中で固まっていたイーノ。
優しく下ろして壁にもたれかからせ、寝具を取り出す。薄いが程よい硬さで体を支えるマットだ。
イーノを寝かせ、湯を沸かして楓蜜を入れた甘い茶を入れると、香りだけでも元気が出たようで自力で起き上がった。
「ありがとうございます。リーフ様は疲れていませんか?」
「それほどでもないが、多少は疲れたので後で癒してくれ」
「は、はい!」
簡易スープを作り、腸詰めとパンと生野菜を並べた。こんな簡単な物にまで恐縮しなくても良いのだが。
「腸詰めを炙ってスライスしてパンに乗せるの、美味しいですね」
「野菜の種類によって風味が変わるそうだ」
「ほんとだ!! スープも美味しいです」
にこにこしながら簡単な食事を頬張る姿はやはり幼い。この無垢な笑顔が淫らに染まった瞬間を思い出し、心が揺らぐ。
今はダメだ。帰ったら、きちんと、丁寧に。
自分勝手な欲望を押し留め、早々に休むことにした。
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