29 / 33

第29話

ーー リーフ side ーー 崖を登り始めて3日目の夕方、ようやく登り切った。 世界から切り離されたような台地は小低木と草と苔、そして岩や石の世界だ。他は虫と小動物、鳥。沈みゆく夕陽の光が、この隔絶された地を(あけ)に染め、より一層幻想的に見せる。 何度来ても不思議な心地だ。 「うわぁ……、なんかこう、胸に迫る光景ですね」 「あぁ。私もそう感じる」 ここは今、2人だけの世界。 普段と違う角度で当たる日の光が長い影を落とし、昼が夜に領域を受け渡す。この幻想的なひとときを共有できたことがとても嬉しい。やはり連れて来て良かった。さりげなく肩を抱いて囁く。 「銀芙蓉(ぎんふよう)が咲くのは満月の夜、つまり明日の晩だ。今日は食事をして、ゆっくり休もう」 「はい!」 猩々(しょうじょう)のせいでギリギリになってしまったが、間に合って良かった。 長年使われている夜営用の場所を教え、灯りをつけてやると、手際良く食事の準備を始めた。さすがに連日、身体強化し続けて消耗したので、休息を取らせてもらう。 ハンモックを取り出し、身体をあずけた。 「リーフ様、お疲れでしょうが食事にしましょう」 「……んん……、う、すまない。うとうとしてしまったな」 「お疲れですよね。食べたらまた、休んで下さい」 見ればすでにテントが張られ、温かな食事が湯気を立てている。だが、灯りがひとつしかついていない。 「こんなに暗くては、作業が大変だったのではないか?」 「ランタンはつけていました。でも明るいとリーフ様が休めないと思って……」 あぁ、魔導灯は明るいから、ランタンで作業したのか。気を使わなくても良いのだが。 「ありがとう。おかげでだいぶ疲れが取れたよ。いただこうか」 「はい! あの……、コクトゥーラ様のお料理は本当に美味しいですね」 「イーノの口にあって良かった」 長期保存と栄養補給が目的の携帯食は、味が二の次にされる事が多い。だから私は常にコクトゥーラに頼んでいる。 乾燥スープにレバーペーストを塗ったパン、鞠兎(まりうさぎ)のハムステーキ。ハムになっているから焼かなくても食べられるが、今は温かい食事が嬉しい。サラダは持ってきたチシャだが、添えてあるのはヒメカクシの実か? 近くに生えていたはずだが、わざわざ採って来てくれたのか。イーノはなんていい子なんだ。 「ヒメカクシはトゲがあるだろう? 怪我をしなかったかい?」 「大丈夫です! この実、爽やかな香りとピリッとした刺激で美味しいですよね!」 この実は手袋をして採るのが普通だが、イーノに持たせていなかった。隠しているが両手にも顔にも小さな引っ掻き傷ができている。うっかりしていたな。 「リーフ様、この実、お好きですよね……」 俯いて目を逸らし、恥ずかしそうに私の好物を確認する姿に、誘っているのかと疑ってしまう。 イーノにそんな考えがあるはずないのに。 純粋に私に尽くそうとするこの子への褒美は何が良いのだろうか。 ーー イーノ side ーー 崖を上り切ると、平らな地面が広がっていた。思ったより広い。岩や草木があるが、人の背を超えるものは無い。 そして台地の東側の崖を登ってきたので、登り切ると正面に真っ赤な夕焼け。 眩しさを感じないのは、なにかの魔法だろうか。 「なんかこう、胸に迫る光景ですね」 「あぁ。私もそう感じる」 隣に寄り添って立つリーフ様を横目で盗み見て、その神々しさに感動する。赤い夕日がリーフ様の白い肌や淡い金の髪を朱に染め、浮かび上がらせている。常とは違う角度の光が作る濃い影に、現実感が薄れていく……。 「銀芙蓉が咲くのは満月の夜、つまり明日の晩だ。今日は食事をして、ゆっくり休もう」 「はい!」 そっと肩を抱かれ、頬を寄せて囁かれる。みっ、耳が妊娠する!! 何のご褒美なんだ、これは!! ……じゃなくて、疲れてるから休みたいって事だよね。 リーフ様にはしっかり休んでもらって、食事の支度をしよう。 野営地へ案内され、魔導灯をつけてテーブルセットを出した。とても明るい。作業は捗るがリーフ様が休めないのでは、と心配になった。 リーフ様がリュックからハンモックチェアを取り出し、身体を預けたのを見てから調理用にテーブルセットと簡易コンロ、鍋、食器を取り出して並べた。 ふと、近くに生えたヒメカクシが目に入った。薄闇の中だが魔導灯が明るいのでよく見える。確かあの実はリーフ様がお好きだったはず。トゲがあるけど毒はないし、取ってこよう! あまりたくさんは取れなかったが、元々アクセントに散らすものだから、充分だ。喜んでくれるかな? 戻ると、リーフ様はすうすうと寝息を立てている。少しの間、いつもとは違う角度の寝顔を堪能してから絵姿を写し、ランタンを灯してから、魔導灯は1つを残して消した。 もう1枚! 写真は日の光より魔導灯の方が明るく写るようだった。 ─────────────────── 食事の支度ができたので、起こすのは忍びないけど声をかけた。 食後にすぐ休めるよう、テントは張ってある。 「……んん……、う、すまない。うとうとしてしまったな」 なんて少し掠れた声で謝ってくれるけど、少しでも休んで欲しいし、寝顔も寝起きの声もご褒美だからむしろお礼が言いたいくらいだ。 そしてヒメカクシの実に気がついて労ってくれる。あぁ、もう、本当に幸せだ! こんなに良くしてもらって、俺は何を返せるのだろう。大したことはできないだろうけど、すべてを賭けて尽くしまくろう!!

ともだちにシェアしよう!