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第29話
ーー リーフ side ーー
崖を登り始めて3日目の夕方、ようやく登り切った。
世界から切り離されたような台地は小低木と草と苔、そして岩や石の世界だ。他は虫と小動物、鳥。沈みゆく夕陽の光が、この隔絶された地を朱 に染め、より一層幻想的に見せる。
何度来ても不思議な心地だ。
「うわぁ……、なんかこう、胸に迫る光景ですね」
「あぁ。私もそう感じる」
ここは今、2人だけの世界。
普段と違う角度で当たる日の光が長い影を落とし、昼が夜に領域を受け渡す。この幻想的なひとときを共有できたことがとても嬉しい。やはり連れて来て良かった。さりげなく肩を抱いて囁く。
「銀芙蓉 が咲くのは満月の夜、つまり明日の晩だ。今日は食事をして、ゆっくり休もう」
「はい!」
猩々 のせいでギリギリになってしまったが、間に合って良かった。
長年使われている夜営用の場所を教え、灯りをつけてやると、手際良く食事の準備を始めた。さすがに連日、身体強化し続けて消耗したので、休息を取らせてもらう。
ハンモックを取り出し、身体をあずけた。
「リーフ様、お疲れでしょうが食事にしましょう」
「……んん……、う、すまない。うとうとしてしまったな」
「お疲れですよね。食べたらまた、休んで下さい」
見ればすでにテントが張られ、温かな食事が湯気を立てている。だが、灯りがひとつしかついていない。
「こんなに暗くては、作業が大変だったのではないか?」
「ランタンはつけていました。でも明るいとリーフ様が休めないと思って……」
あぁ、魔導灯は明るいから、ランタンで作業したのか。気を使わなくても良いのだが。
「ありがとう。おかげでだいぶ疲れが取れたよ。いただこうか」
「はい! あの……、コクトゥーラ様のお料理は本当に美味しいですね」
「イーノの口にあって良かった」
長期保存と栄養補給が目的の携帯食は、味が二の次にされる事が多い。だから私は常にコクトゥーラに頼んでいる。
乾燥スープにレバーペーストを塗ったパン、鞠兎 のハムステーキ。ハムになっているから焼かなくても食べられるが、今は温かい食事が嬉しい。サラダは持ってきたチシャだが、添えてあるのはヒメカクシの実か? 近くに生えていたはずだが、わざわざ採って来てくれたのか。イーノはなんていい子なんだ。
「ヒメカクシはトゲがあるだろう? 怪我をしなかったかい?」
「大丈夫です! この実、爽やかな香りとピリッとした刺激で美味しいですよね!」
この実は手袋をして採るのが普通だが、イーノに持たせていなかった。隠しているが両手にも顔にも小さな引っ掻き傷ができている。うっかりしていたな。
「リーフ様、この実、お好きですよね……」
俯いて目を逸らし、恥ずかしそうに私の好物を確認する姿に、誘っているのかと疑ってしまう。
イーノにそんな考えがあるはずないのに。
純粋に私に尽くそうとするこの子への褒美は何が良いのだろうか。
ーー イーノ side ーー
崖を上り切ると、平らな地面が広がっていた。思ったより広い。岩や草木があるが、人の背を超えるものは無い。
そして台地の東側の崖を登ってきたので、登り切ると正面に真っ赤な夕焼け。
眩しさを感じないのは、なにかの魔法だろうか。
「なんかこう、胸に迫る光景ですね」
「あぁ。私もそう感じる」
隣に寄り添って立つリーフ様を横目で盗み見て、その神々しさに感動する。赤い夕日がリーフ様の白い肌や淡い金の髪を朱に染め、浮かび上がらせている。常とは違う角度の光が作る濃い影に、現実感が薄れていく……。
「銀芙蓉が咲くのは満月の夜、つまり明日の晩だ。今日は食事をして、ゆっくり休もう」
「はい!」
そっと肩を抱かれ、頬を寄せて囁かれる。みっ、耳が妊娠する!!
何のご褒美なんだ、これは!!
……じゃなくて、疲れてるから休みたいって事だよね。
リーフ様にはしっかり休んでもらって、食事の支度をしよう。
野営地へ案内され、魔導灯をつけてテーブルセットを出した。とても明るい。作業は捗るがリーフ様が休めないのでは、と心配になった。
リーフ様がリュックからハンモックチェアを取り出し、身体を預けたのを見てから調理用にテーブルセットと簡易コンロ、鍋、食器を取り出して並べた。
ふと、近くに生えたヒメカクシが目に入った。薄闇の中だが魔導灯が明るいのでよく見える。確かあの実はリーフ様がお好きだったはず。トゲがあるけど毒はないし、取ってこよう!
あまりたくさんは取れなかったが、元々アクセントに散らすものだから、充分だ。喜んでくれるかな?
戻ると、リーフ様はすうすうと寝息を立てている。少しの間、いつもとは違う角度の寝顔を堪能してから絵姿を写し、ランタンを灯してから、魔導灯は1つを残して消した。
もう1枚!
写真は日の光より魔導灯の方が明るく写るようだった。
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食事の支度ができたので、起こすのは忍びないけど声をかけた。
食後にすぐ休めるよう、テントは張ってある。
「……んん……、う、すまない。うとうとしてしまったな」
なんて少し掠れた声で謝ってくれるけど、少しでも休んで欲しいし、寝顔も寝起きの声もご褒美だからむしろお礼が言いたいくらいだ。
そしてヒメカクシの実に気がついて労ってくれる。あぁ、もう、本当に幸せだ!
こんなに良くしてもらって、俺は何を返せるのだろう。大したことはできないだろうけど、すべてを賭けて尽くしまくろう!!
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